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 ふわふわした心地で、思わず口に出しそうになる言葉を飲み込んで、一弥は頬を緩める。目を閉じると、貴雄の指先が頬に触れた。彼は軽い、ついばむようなキスをした後、一弥の代わりにシャツのボタンを外した。
「貴雄、俺……」
 背中の刺青のことを話す前に、貴雄の手がシャツを脱がせる。彼はまず左腕に残る注射痕を確認した。
「あの時、距離を置いていれば、こんなことにならなかったかもしれない」
 貴雄は彼自身に言い聞かせるように言った。自責の念に駆られているのだろうか。一弥はうまい言葉が見つからず、結局、いつもの調子でしか言えない。
「別におまえのせいでこうなったわけじゃない。俺が自分で判断して、こうなっただけだ。うぬぼれんなよ、気色悪い」
 一弥がいつもの調子で言ったことに対して、貴雄もいつもの感じで笑った。だが、その笑みには強さがない。子どもが無理して笑ったみたいだった。彼は一弥の腕から手を離し、その手を額に当てる。
「……何で、くそ、何でなんだ」
 貴雄はぎゅっと目を閉じる。十も年上の男が、泣くまいと耐えている姿に、一弥の心は揺さぶられた。その姿はなぜか、理不尽なことを要求される時を思い出させる。貴雄も、自分ではどうにもならないことにうまく折り合いをつけて、弱音を飲み込んできたのだろうか。いつだったか、敬司の言っていた言葉が響く。
 自分達は似ている。一弥は立ち上がり、まだはいていた下のパンツを脱いだ。貴雄に背中を見てもたうためには下着まで脱がなければならない。背中全体の刺青は肩から腰まで続いているからだ。
「何で入れた?」
 貴雄は泣いていない。責めてもいない。だが、声は重苦しさで満ちていた。酒井が戻れなくなると言ったように、貴雄は冗談で彼の下で働けとは言っていたが、実際には一弥がこの世界へ入ることにいい顔はしていなかった。
 一弥からすれば、愛人として囲われるなら、他の男達のように貴雄の下で働くほうがよかった。彼の隣に並んで、この居場所を手にしたかった。気持ちを説明することが難しい。一弥は貴雄の正面に立っていた体を回転させた。明かりの下、一弥の背中が照らし出される。
 ベッドのきしむ音の後、貴雄の冷たい指先が肩へ触れた。まだ熱を持っているらしい背中に、彼の指先は心地いい。初めてアナルを見られた時のような羞恥心が一弥を襲っていた。だが、貴雄の口から漏れた一言で、その感情は消えていく。
「きれいだ」
 貴雄は一弥の背中に彫り込まれた蛇と牡丹をなぞっていく。
「白牡丹にしたのか。おまえに似合うな」
 牡丹を入れることは最初から決めていた。貴雄の鮮烈な赤牡丹を見て、何となく白牡丹にしようと思っていた。
「蛇は?」
 指の腹で蛇の部分をなでた後、肩越しに抱き締められた。蛇を入れた理由は、「忘れた」と言いたかった。蛇は不老不死や再生と言った意味があり、一弥はもう二度と軽々しく自分の命を扱わない、という決意と彼に心配をかけたくないという思いを込めて選んだ。だが、恥ずかしくて言葉にできない。
「……え、永遠とか、再生の意味があるって聞いたから」
「そうか」
 左の肩に貴雄が額を当てる。胸の上で交差している彼の腕がきつく一弥を抱き締めた。彼はそのままくちびるを肩に優しく当て、うなじへと移動させる。
「馬鹿な奴だ」
 声には深い慈しみがこもっており、一弥は思わず喉を鳴らした。耳元で低く、貴雄の声が響く。
「もう二度と離せなくなった」
 それが自分の望みだと、一弥は言わなかった。そのために、おまえのいるところまで落ちたのだと、言葉にはしなかった。代わりに、胸の上できつく結ばれている貴雄の腕へ触れる。その指先へ自らの指を絡めて、口元へ持ち上げた。くちびるへ寄せ、キスを落とすと、貴雄の笑い声がした。


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