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 筋彫りが終わったのは一週間後だった。初日から一弥は熱を出してしまい、心配した酒井が翌日は休むようにと言った。それを無理強いして運転してもらい、彫師のもとへ連れていかせた。
 筋彫りじたいは我慢できない痛みではなかった。ノミの先が肌を浅く削っていくような感覚で、そのたびにつま先に力を入れ、奥歯を噛み締めて耐える。玉のような汗がぽたぽたと落ちていき、目を閉じるとまぶたの上を汗がつたった。
 彫師は一弥が根を上げると思っていたらしい。我慢できない痛みではないと言っても、やはり部位によって、たとえば背骨付近や肩甲骨付近の肉の薄い場所は、大の男であっても痛がる。
 だから、期間に猶予をもたせていた。特に一弥のような線の細い体つきの人間は筋彫りの後に熱を出すことが多い。だが、一弥が泣き言を漏らさず、毎日通い、ひたすら耐えている姿を見て、できるだけ早く終わらせたいという希望を了解してくれた。
 色を入れ始めてからさらに十日後、彫師が、「もう来なくていい」と言った言葉を受けて、一弥はようやく完成したのだと分かった。痛みに耐えられたという達成感と貴雄と同じ場所にいられるという安堵感から、帰りの車の中ではぐっすり眠った。
 彫師はおそらく他の作品であっても誇らしげにしただろうが、一弥の背中へ彫った刺青に対しても誇りを持ち、一弥自身の忍耐や肌の具合を褒めてくれた。正直、一弥は男なので肌を褒められても嬉しくはないが、色の乗り方が違うと言われれば、帰宅してから背中を見るのが楽しみになる。
 酒井は筋彫りの時から、毎夜、背中へ彫師から渡された塗薬を染み込ませ、服へ血がついたりしないように気づかってくれた。
「一弥さん、着きましたよ」
 起こされて車から降りると、エレベーターの中で酒井が話す。
「今夜は若頭も来るとおっしゃっていました」
 一弥は目を擦りながら頷く。
「酒井さん、送り迎えとか薬とか塗ってくれてありがとう」
 当然のことです、と言い、酒井が部屋へ続く扉を開けてくれる。軽く夕飯を食べた後、一弥は背中に感じる熱をとるためにシャワーを浴びた。四、五日は擦るなと言われたことを思い出し、背中は流す程度にしておく。
 一弥はバスタオルで体を拭き、髪を乾かした後、洗面台にある大きな鏡へ背中を向けた。不思議な感じだった。シャツを着ているように見えなくもないが、一弥の背中にぴったりと広がる彫は、それが本物であると強調していた。
 大きめのシャツを着て、ソファへ座り、煙草を手にすると、酒井がアイスコーヒーを置いてくれる。礼を言いながら、煙草を吸った。背中はまだ熱く、冷たいものが欲しいと思い、冷凍庫からバニラアイスを取り出す。ちょうどふたを開けた時、敬司が入ってきた。
「終わったのか?」
「はい」
 敬司は一弥がアイスを食べようとしていることに気づき、苦笑した。
「痛いのを我慢したから、ご褒美か?」
「そういうわけじゃないけど」
 一口食べると口の中で甘い味が広がる。
「酒井、俺にはビール」
 ビールの注がれたグラスを敬司が掲げたので、一弥もアイスコーヒーのグラスで応じた。
「で、何を入れた?」
「見る?」
 一弥がソファから立ち上がると、敬司は手を振った。
「貴雄より早く見たら殺されるからな。やめておく」
「でも、敬司さん、最初から俺に刺青入れさせて、親父さんに認めさせようとしてただろ?」
 だから、あの時、敬司は弘蔵のことを古い人間だからと言ったのだと、一弥は自分なりに結論へ達していた。痛みを伴う手彫りの刺青を背中へ施すことで、弘蔵へ一弥の決意が生半可なものではなく、決してこの世界をなめているわけでもないことを証明させたかった。
 敬司は頬を緩ませる。
「鋭いな。本当はおまえをまた一人で親父へ会わせる予定だったが、貴雄が二度目はないってうるさい。とりあえず今週末、貴雄に会えるぞ。宮崎や志村も同席するが、大したことないだろう?」


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