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 怒鳴られるかと思ったが、怒鳴られたのは運転手の男だった。
「おまえの同僚、何て名前だ?」
 敬司は一弥から視線を外さない。運転手の男が麻取の名前を言うと、敬司の視線の動きを見た男達が彼を殴った。
「仮名は聞いてない」
「あ」
 一弥は運転手の男が暴行されるのを見て、敬司に彼は何も関係ないと伝えた。敬司は一弥の言葉を鼻で笑い、「おまえは先に車に乗ってろ」と男達へ一弥に肩を貸すよう命令した。
 外が暗い上にスモークフィルムで覆われた窓からは、運転手の男が何をされているのかよく見えない。しばらくすると、向かいの席に敬司が乗り込んできた。ポケットから煙草を出して、一弥の前に一本差し出してくる。
 一弥は目が熱くなるのを感じた。どうして泣いてしまうのか考えようとしたが、分からない。右手を伸ばして、煙草を手に取ると、敬司が火をつけてくれる。一口吸って、煙を吐くと、彼は笑った。
「まったく」
 敬司の声には呆れがあったが、表情は優しい。彼は灰皿を取り出して、一弥の前に置いた。
「時期を見ようとしたら、こっちの思惑通り動いたな」
 話は見えないが、一弥は黙って煙草を吸った。ヤクのせいか、いつも眠気に誘われていた意識がとても冴えている。
「誤算のほうが多いが」
 毛布を握っていた左手首をつかまれた。肩から毛布がずり落ちていく。敬司は一弥の左腕を確認して溜息をついた。注射痕が残っている。
「貴雄に見せられねぇな」
 貴雄の名前を聞き、一弥はマサのことを慌てて聞いた。
「大丈夫だ。まだ入院してるが、元気そうだった」
「……よかった」
 一弥が漏らすと、敬司は大きな息を吐く。
「問題はおまえのほうだろ」
 麻取の男に入れ知恵されたのか、と言われた。
「抜けるまで施設? おまえ、どうして俺達が薬物に手を出さないか分かるか? 出来心で一回でもしたら、もう逃げられないからだ。自分自身がおぼれることになる」
 敬司は煙草に火をつけると、煙を吐いた。
「俺としては仁和会と清流会の中でヤクに手を出した連中は切るつもりだった。親父は何とか穏便にしたかっただろうが、麻取が入った時点で無理な話だ。現状、仁和会はもう潰れたも同然になった」
 一弥はじっと敬司の話を聞いた。彼が内部の話をする理由は分かっている。あの時から一弥の心は決まっている。
「ここまでさせるつもりはなかったが、仕方ない。おまえ、貴雄の下で生きること、決めてたんだろう」
 頷くと、敬司は豪胆に笑う。
「組内はまだ混乱してるからな。とりあえず、俺のところへ来い。今の状態で貴雄に会ったら、あいつが冷静でいられないだろうからな」
 もう一度、殊勝に頷くと、敬司が大きな手を伸ばして、頭へ触れた。
「よくやったな。少し横になってろ」
 たった一回しか会っていない敬司から、褒め言葉をもらえた。一弥はそれだけで嬉しくて、すべてを犠牲にしてよかったのだと思った。マサも生きていると分かり、罪の意識が軽くなる。後は貴雄を一目見ることができれば満足だった。
 皮張りのシートに体を横にする。眠気はないが、目を閉じるだけで体から疲れが消えていくような気分になった。うっすらと目を開くと、敬司が携帯電話で誰かと話している。声が聞こえない。目を閉じると、パフェが浮かんだ。パフェは冷凍庫一面に並べられたバニラアイスのカップに変化した。
 一弥はかすかに頬を緩めて、ゆっくりと眠りの世界へ落ちていった。


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