edge39/i | ナノ


edge39/i

 媚びながら一弥は内心、自らを嘲笑っていた。貴雄のために、と思っている。だが、本当は自分のためだ。これで共永会を窮地から救えば、認めてもらえる。居場所ができる。
 小野はベッドから立ち上がると、扉を開けて、外にいた男に何かを告げた。しばらくすると、戻ってくる。その手には注射器があった。袋から取り出し、チューブ状のケースへ針を入れた。
 言葉が交わされることはなかったが、それが水溶性のヤクであることは間違いなかった。小野は針先から少しだけ液体を押し出し、一弥の左腕にためらいなく突き刺した。中身が入っていくのを見ていた一弥は、一度、目を閉じる。
「すぐに効く」
 麻取の男が部屋の中に何か細工をしていたように思えないが、一弥はヤクが回って意識が飛ぶ前に口を開く。
「なんて、いうくすり?」
 一弥には分からなかったが、小野はヤクの名前を口にする。彼の口から決定的な言葉を吐かせるほうがいいのだろうか。一弥は彼に、おまえが清流会の連中にヤクを回していたのか、と聞こうとした。聞けなかったのは、すでに思考が働かなくなったからだ。
 一弥は体が浮遊しているかのように、ふわふわした感覚の中にいた。ほんの少し、手がペニスへ触れただけでいってしまう。一瞬のことなのに、射精感は強烈で、もっと上の快感が欲しいと無意識に思った。
 小野が笑いながら、一弥の体をベッドへ押さえつける。媚薬で得る絶頂をしのぐ心地よさに、一弥は自ら、腰を揺らした。信じられないくらい気持がよく、永遠にセックスだけをしたいと思えるほどの快感が次から次へと押し寄せてくる。その感覚は休むということを知らず、一弥はこのまま死んでもいいとさえ考えた。
 だが、体がその波にさらわれ、おぼれていくほどに、閉ざされていく心があった。視界がにじみ、自分が泣いているのだと気づいた時、一弥は笑った。これでいい。これで自分の居場所を手放さずに済む。貴雄によくやったと言われる。皆から認めてもらえる。
 薬物の恐ろしさは知っている。それも自分にぴったりだと思う。一弥はマサの血で汚れた自分の手を見つめた。これから先、苦しみながら依存と戦うことは自分に与えられた罰だろう。
 どれくらい時間が経過したのか分からない。騒音とともに扉が開き、一弥の上にいた小野が窓のほうへ駆け出した。だが、人数が多いのか、小野はすぐに捕まり、拘束された。一弥はその一連の流れをまるでテレビの中の出来事のように見ていた。
 一弥の手はすでに拘束されており、新たに手錠をかける必要はなかった。男が一弥へ立つように怒鳴ると、麻取の男が割って入ってくる。
「こいつはいい」
 男は一弥が打たれたヤクについて教えてくれたが、まったく頭に入ってこなかった。ぼんやりしていると、男から毛布をかけられる。一弥の足を拘束していた鎖が外され、ようやく部屋の外へ出ることができた。
 その時、初めて、小野の家に置かれていたことが分かったが、一弥には場所のことを気にする余裕はなく、麻取の男に促されて車へ乗り込んだ。警察と思われる男達が大勢いた。一瞬、小野の姿を視線で捜したが、彼の姿はなかった。
「大平の施設へ連れていけ」
 麻取の男が運転手へ告げた後、車が動き出す。後部座席に横になった一弥は目を閉じた。こんなに心細いと思ったのは、子どもの時以来だ。

 しばらく走行していた車が停まり、一弥は施設に着いたのだと思い、体を起こした。運転手の男が振り返り、真っ青な顔で一弥へ懇願する。
「おまえ、頼むから、俺を助けてくれ!」
 意味が分からず、一弥は視線を前に向けた。寒くはないが、体が震えるため、毛布をきつく握る。ドアが開けられると、運転手の男が引きずり出された。一弥のほうへも手が伸びてくる。乱暴な扱いではなかった。
 裸足のままアスファルトの上に立つ。実際には体に力が入らず、ドアにもたれかかった。アスファルトは温かく、一弥の気分は妙に落ち着いた。バイパスの片隅に一弥が乗せられていた白い車と敬司達の黒い車が並ぶ。
 男達の間から出てきた敬司が、毛布を握り締めていた一弥の腕を引いた。
「けいじさん」
 かすれた声で名前を呼ぶと、敬司は鋭い瞳で一弥を睨んだ。


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