edge35/i | ナノ


edge35/i

「仲間を撃ったのか?」
 一弥の言葉に男達は笑った。
「もう仲間じゃない」
 マサの脇腹からはどんどん血があふれる。臓器が傷ついているのは確かで、このままでは失血死してしまう。一弥は目の前の男を見上げた。
「おまえらの言うことは聞く。でも、先に救急車を呼ばせてくれ」
「そいつはもう間に合わない」
 一弥は視線を落として、マサを見た。彼は目を閉じて、小さな呼吸を繰り返している。くちびるを噛み締めて、右手で携帯電話を取り出した。後頭部を銃で殴られ、一弥はその場で倒れる。それでも、携帯電話を操作した。
「馬鹿か。こんなところに呼べば、マスコミが騒ぐだけだ」
 着信履歴から山中を呼び出した一弥は、男達から逃れるように立ち上がり、玄関へ向かって駆けた。
「マサが撃たれた、左の脇腹、早くっ」
 一弥は山中の声を聞いた瞬間、それだけ言って、すぐに電話を切った。数秒後に山中がかけ直してくるが、その電話に出る余裕はない。裸足のままエレベーターホールへ出て、出たところで立ち止まった。
 どこの組織の人間かは分からないが、男達が道を塞ぐように立っている。裏切り者達が一弥をうしろから拘束した。
「どこに電話をかけた?」
「っクソ、山中さんにかけてやがる」
 急ぐぞ、という声とともに、一弥は鳩尾を殴られて意識を失った。最後に見たのは服についたマサの血だった。自分のせいで彼が死ぬかもしれない。一弥は彼のことだけが気がかりだった。

 見知らぬベッドの上で目が覚めた。一弥は腕も足も拘束されていたが、自分がちゃんと服を着ていることに安堵感を覚えた。室内はホテルのような内装で、カーテンは閉まっていたが、窓があることは分かる。
 地下室のような場所ではないことに小さく息を吐き、一弥は視線だけを動かした。舌を噛まないようにだろうか、布を噛まされている。ベッドの脇にあるナイトテーブルには照明とデジタル時計が置いてあり、時間を知ることができた。
 マサが撃たれてから、十二時間以上は経っている。衣服についた血は変色していた。清流会が内部のことで揉めているとすれば、もう一度自分を連れ出すとは思えない。一弥はマサから聞いていたことを思い返す。
 清流会と共永会が自滅したら、喜ぶのは仁和会だろう。だが、一弥には同じ市村組の傘下でありながら、互いに陥れようとする理由が分からない。仮に清流会の宮崎と仁和会の小野が手を組んでいたとしても、そこまで貴雄を除け者にするのはどうしてだろう。それとも、一弥が知らないだけで、この世界は男の嫉妬が激しいのだろうか。
 じっくりと考えていると、扉が開いた。知らない男が堂々と歩いてくる。一気にこの世界へ浸かったせいか、すぐにその筋の人間だと分かった。しかも、この男も上の人間だろう。男の後に入ってきた男達は扉を閉めて、その前に立った。
「宮崎の言う通りだ。そこまで美人じゃない」
 男はいきなり一弥の顎をつかむ。一弥が顔を振って、その手を払うと、彼は軽快に笑った。
「ふーん……芳川が好きそうな感じの態度」
 うしろを振り返った男に、扉の前に立っていた男がポケットから注射器を取り出して渡す。一弥の脳裏にはヤクを回しているという清流会の男達のことが浮かんだ。
「大丈夫。これ、ただの睡眠薬だから。俺達、大事な話があるから、終わるまでゆっくり寝てな」
 男の言葉を信じることはできないが、針の先が肌に刺さるのを避けることはできない。しばらくすると、まぶたが重くなってくる。やはり睡眠薬なのだろうか。強烈な眠気に襲われながら、一弥が最後に聞いたのは、「後でたっぷりぶち込んでやるよ」という男の物騒な言葉だった。
 両親を事故で亡くした時、一弥はその場にはいなかった。これまで、その時のことを具体的に思い出そうとしても、もやがかかったように思い出せなかった。手の平を見つめていると、ぽたぽたと赤い血が落ちてくる。マサの血だ。
 救急病院の搬入口で赤いサイレンがくるくると回っていた。連絡を受けてから親戚に連れられ、病院を訪れると、「即死です」、と告げられる。言葉の意味が分からなかった。親戚から、「厄介だな」、と言われた。それは両親の死に対してではなく、残っている一弥に対しての言葉だった。


34 36

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -