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edge31/i

 その真意を知りたくて、敬司を見ると、彼も煙草に火をつけた。
「おまえら、似た者同士、ひかれ合ってんのか。そのぶっきらぼうな生き方、あいつにそっくりだ」
 敬司は煙を吐き出しながら続ける。
「……本気でこの世界に生きるなら、覚悟を決めておけ。決心がついたら、ここへ電話しろ。親父は古臭い考え方の人間だからな」
 紙切れには電話番号だけが書いてある。どこへつながる番号かは分からなかったが、一弥は敬司の番号だと思い、それをポケットへ入れた。敬司は一弥がちゃんとしまうのを確認してから、男達のほうへ歩いていく。
 夕方頃、貴雄が迎えにくるまで、一弥は納屋で過ごした。仕事の忙しさだけではなく、清流会からも圧力があるのか、貴雄はひどく疲労している。だが、彼はそれを隠すようにして、ほほ笑んだ。
「大丈夫か?」
 納屋の中は暑かった。汗で額にはりついた前髪を、貴雄が指先で払ってくれる。
「親父に何もされなかったか?」
 苦笑いをしながら、貴雄が歩き出す。一弥は冷静に周囲を見た。山中は車で待っているのか、ここまではついて来ていない。貴雄の護衛と屋敷の警備をしている男達がこちらを見ている。彼らの視線には確かに侮蔑が含まれていた。
「親父と敬司さんにあいさつしてくるから、おまえは先に車へ行ってろ」
 一弥は一緒に行くと言おうとしてやめる。自分はまだ受け入れられていない。護衛の男一人とともに車のある正門前まで歩いていると、男が口を開いた。
「あんなことがあっても、貴雄さんのそばから離れないなんて、厚かましいな」
 あんなこと、というのは清流会の絡んだ一連のできごとを指すのだろう。一瞬、撮影されていた映像を見られたのかと思いあせったが、見ていたなら他の連中を含めてもっと軽蔑の視線を送ってくるだろう。
 一弥が言い返さずにいると、男が調子に乗った。こういう時、もしも貴雄の女だったなら、自分を侮辱することは彼をも侮辱することだと言い返せるのだろうか。
 不意に彼女のことを思い出す。恋によって変わってしまった彼女を見て、一弥は恋なんて馬鹿げていると思っていた。だが、貴雄のそばにいるために極道の道へ入ってもいいと言った自分は、果たして彼女と同じではないだろうか、という思いへ至る。
 追い詰められた状況だった。貴雄しかすがる人間がいなかった。そこから生まれた心理を恋と名づけるにはあまりにもおざなりな気がする。それでも、彼の手を欲しいという気持ちは、欲求として存在していた。

 シャワーを浴びた後、煙草を吸っていると、貴雄が隣へ座った。彼もシャワーを浴びており、だらしなくソファへ体をあずけた。
「一弥」
 貴雄は軽く伸びをして、テーブルに置いていたビールを手に取る。彼はそれを開けて、喉へ流し込んだ。
「親父に何を言われたか、全部、話せ」
 煙草へ火をつけて、貴雄が促す。一弥は何も話す気がなかった。
「秘密」
「あぁ?」
「だから、秘密」
 貴雄は煙草を左手へ持ちかえると、一弥の額を小突く。
「生意気、言うな。何を言われたんだ?」
 一弥は吸い終わった煙草を灰皿へ押しつける。貴雄の黒い瞳は真剣に自分を見ていた。目元にはずいぶん疲れが出ている。これ以上、憂慮するようなことを増やすことにためらいを覚えた。一弥はわざと大きな笑みを見せる。
「おまえさ、俺のこと好きなんだろ」
 笑みを携えたまま、言葉を紡ぐと、貴雄は眉間にしわを寄せた。一弥は自ら手を伸ばし、彼の煙草を奪う。それを灰皿へ置き、彼の左手の指を舌でなめた。
「おまえの煙草の味がする」
 体を貴雄に傾けながら、一弥は自分の行動に驚いていた。これではまるで女みたいだと思う反面、彼に触れたい、彼に触れて欲しいという欲求には抗えない。矛盾している感情は敏感になり、貴雄の些細な行動でも大きく傷つく。
「一弥、どうした?」
 媚びを売るような人間ではないだろう、とその瞳が告げてくる。どこまで強くあればいいのだろう。彼の前でくらい、素直になりたかった。自分に触れてくれないのは、他の男達によって汚されたからか、とくだらない問いかけをしたかった。 


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