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edge28/i

 一弥は貴雄の肩口へ顔をあずける。
「博人、助かった」
 貴雄が礼を言うと、博人の声が聞こえた。
「お互いさま。熱が出てるみたいだから、早く手当てしてあげて。落ち着いたら、電話待ってる」
 博人が出ていった後、貴雄は一弥のことをベッドへ運んだ。寝室にはすでに医者が控えており、適切な処置をしてくれる。一弥は医者が傷の具合を話すのを静かに聞いた。貴雄はうしろで一緒に聞いていた。体の傷を見ても、瞳に軽蔑の色がなかったことが、何よりも一弥を安心させた。
 あれだけ貴雄のことを恨んだのに、貴雄のいる場所へ帰ってきて、背中をなでられてから、一弥の心境は大きく変化した。一人になるのが怖い。捨てられたら、また空っぽになる。
 点滴を施した医者が薬を置いて出ていく。貴雄は一緒に寝室を出たが、見送りが済むと戻ってきた。伸びたひげのせいか、彼はやつれて見える。
「一弥」
 貴雄は床にひざをつき、一弥の髪をなでた。一弥は貴雄が自分を手放すと言うのではないかと、妙に彼のくちびるを意識した。彼は今にも、「傷つけてしまうから離れる」と言い出しそうだ。
 まさかあれだけの執着心を見せておいて、今さら離れるなんて、そんな勝手で残酷な話はない。一弥が目を閉じると、貴雄が口を開いた。
「一弥、しばらく」
「聞きたくない」
 一弥は貴雄の言葉を遮る。しばらく、何だというのだろう。
「煙草、買ってこいよ。バニラアイスも」
 目を開いて、貴雄を見上げる。言いたいことはたくさんあった。すべての行為は不本意なことであり、一弥の精神も著しく傷ついている。だが、心は誰にも触れさせていない。自分は壊れたりしない。
 一弥は貴雄から目をそらさなかった。不意に貴雄が頬を緩める。
「しばらく、休めと言いたかっただけだ。おかしな心配はするな」
 貴雄は寝室の照明をしぼり、灰皿とライターをサイドボードへ置いた。一弥の吸っている煙草をポケットから取り出す。
「バニラアイスは冷凍庫にある」
 貴雄の手が足元にある毛布を肩まで引き上げた。
「当分はここが仮住まいだ。明日からまたマサをつけるからな。ゆっくり休め」
 貴雄が出ていった後も、一弥は扉を見つめた。リビングから話し声が聞こえる。内容までは分からない。目を閉じても、意識は浅くしか沈まなかった。ベッドがきしむ。もう目を開けることはできなかったが、一弥は貴雄が来たことを知った。隣の熱を感じると、しだいに意識が沈んでいった。

 マサも山中も以前と変わらず、一弥へ接してくれた。一週間もすればだるさは抜けて、体力も戻ってくる。一弥はソファへ転がり、煙草を吸っていた。新家沢のマンションから運んできたものは衣服くらいで、一弥のお気に入りだったカウチソファはまだあの家にある。
 セキュリティを強化したら戻る、というようなことを言われていた。だが、マサから聞いた話によると、共永会は清流会と紛争になりつつあるらしい。ただ、いざこざの原因が一弥だけに、市村組の組長からは共永会側をたしなめる言葉があった。
 そのため、貴雄としては清流会と全面的に争いたいが、組織としては今回、何もなかったように接するしかない状態のようだ。一弥に意見が求められることはまずないが、一弥としては報復などしなくていいと貴雄に言いたかった。
 それにより、貴雄の立場がまずくなるなら、今の状態のままがいい。無論、貴雄個人の矜持は傷つくだろうが、彼の立場なら組織全体のことを優先すべきだ。
 貴雄は仕事が忙しく、この一週間は一緒に夕飯を食べることすらままならない。夜が遅いため、必然的に一弥は先に寝ている。以前なら、貴雄とのセックスを面倒だと感じていたはずだが、今は彼からの接触を待っている自分がいた。
 体はもう大丈夫と伝えてある。それでも、貴雄は手を出してこない。しばらく休め、というのはどれくらいの長さだろう。一弥は煙を吐き出した。愛人ですらなくなった場合、自分がここにいる意味が見出せない。
「……」
 一弥は煙草を灰皿へ押しつけた。いつの間にか臆病になっている。ボックスから煙草を取り出して、指先でもてあそびながら、一弥はいらついた。


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