edge27/i | ナノ


edge27/i

 一弥は自らがとらなければならない姿勢を嘲った。這うようにして、容器へ口を近づけ、食事をする。食べた後、そのまま体を横にした。リノリウムの床は冷たい。照明は薄暗く、窓の代わりなのか、換気音がかすかに響いている。
 貴雄に会ったら、どういうふうに罵るか。一弥はまずは一発殴らせてもらおうと思う。すべて彼のせいにして、あの部屋をもらい、慰謝料は一括ではなく、毎月五十万円ずつ振り込んでもらおう。
 喉が詰まり、鼻と目が熱くなる。にじんだ視界の中で、一弥は涙をあふれさせていった。あの広い部屋で働かずに快適な生活ができる。誰もが羨む場所だ。だが、自分以外の誰もいないあの部屋を想像すると、一弥は苦しくなった。
 貴雄なんかにほだされてたまるか、と思う反面、一弥は今どうしようもなく彼の手を欲している。背中を優しくなでてくれる手を思い出している。
 横になり、涙を流しながらうとうとしていると、扉が開く音が響いた。一弥を連れ出す私服の男ともう一人、カジュアルなスーツ姿の男が入ってくる。
「あぁ、これ、これ」
 ダークブラウンのズボンに薄いピンクのシャツを着た男は、軽い口調で一弥を指差した。サングラスをかけていて表情までは分からない。
「この商品は売り物じゃないんですけどね」
「えー、売ってよ。いくらでも払うから。所有者は誰?」
「少々、お待ち頂けますか?」
「早くしてくれよ。俺、これがステージで泣いてるの見てから、もっとひどいことしたくてたまらなくてさー」
 外へ出てどこかへ連絡した男が、軽そうな男に五本指を見せる。男は頷いて、「キャッシュで払うよ」と言い、出ていった。ここから出られるのはありがたいが、どこの誰だか分からない男に買われたことは喜べない。一弥は床に転がったまま、小さく息を吐いた。
 男達の手で鎖が外され、一弥は外へ連れ出される。また袋に入れられるのかと思ったが、男達は一弥にシャツとズボンを渡した。靴はなく、男達に脇を固められた状態で外へ出ると、熱帯夜独特の空気がまとわりついた。
 自分がどこにいるのか分からない。黒い外車のドアが開き、中へ押し込まれた。先ほどの男が座っている。車が発進してから、男がサングラスを外した。
「大丈夫?」
 今までの軽い口調が嘘のように、男は思いやりのこもった言葉をかけてきた。一弥が意表を突かれて見返すと、彼はかすかに笑みを浮かべた。
「浅井博人(アサイヒロト)です。貴雄とは……幼馴染みたいなものかな。助けるためとは言っても、さっきは怖がらせてごめんね」
 博人はそう言って、一弥の前にハンカチを差し出した。
「……どうも」
 一弥はかすれた声で礼を言い、くちびるの端へハンカチを当てた。
「浅井さんも、共永会の?」
「いや、俺は組織とは無関係だよ。だからこそ、あそこに入れたんだ。これから、移動するから、到着するまで横になってていいよ」
 博人は一弥が熱を出していると気づいているらしい。一弥は広い座席で横になった。
「……あいつ、いる?」
 一弥の問いかけに博人が笑みを見せる。安堵している自分が信じられないが、悪夢の終わりに涙腺は緩んだ。

 車はマンションの前に停まり、博人は一弥の体を支えてくれた。エレベーターまで歩くと、彼がボタンを押す。貴雄が所有している別のマンションだろうか。洗練された造りだ。立っていることすら辛い一弥を気づかい、彼はずっと肩を貸してくれた。
 エレベーターから降りると、玄関扉の前には男達が立っていた。博人は慣れた様子で気にも留めず、中へと入れてくれる。
「貴雄」
 博人が中にいる貴雄を呼ぶのと、中から彼が出てくるのはほぼ同時だった。一弥が視線を上げると、彼がまっすぐにこちらを見ている。体中が痛くてだるい。苦しい思いをしているのは自分なのに、彼は自分以上に辛そうな表情をしていた。
 それを見たら、考えていた貴雄を罵る言葉も出てこない。ただ、緩んでしまった涙腺から涙がどんどんあふれた。貴雄の手が一弥の体を博人から受け取る。
「一弥……悪かった。悪かったな」
 一弥は嗚咽を漏らさないように、ぐっと歯を食いしばる。だが、貴雄の大きな手が背中をなで始めた時、こらえていたものすべてが吐き出された。そのまま体を抱き上げられる。


26 28

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -