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edge22/i

 マサが来るようになってから、一弥は共永会や関係している組織について少しずつ情報を得た。それらを得たからといって、一弥自身のためになるわけではないが、自分の置かれている状況を把握するには手っ取り早い。
 その中で一弥が気になったのは、人不足の原因だった。マサは明確には言わなかったが、貴雄が同性の愛人を囲ったことで、自ら組を抜けた者達がいたらしい。あるいは、一弥に暴行を加えた者のように破門となった者達もいた。
 自分をここへ囲うことにそれほど価値があるとは思えない。ましてや一時期の感情で、これまでついて来てくれた男達を捨てるのは、選択としては間違えている。一弥は貴雄の心がまったく分からなかった。
 このマンションは貴雄の所持する家の中でも、最高級のものであり、彼の愛人達はこぞってここへ住みたがっていた。そこへ突然、素性も分からない男が住み始めたのだから、彼女達にとっては面白くないはずだ。
 マサの話では、その愛人達へも金や店を渡して、愛人契約の解消をしているらしい。貴雄の一途な惚れっぷりに、マサは尊敬の念を抱いたようだが、一弥からすればその一途な思いは不気味な一方通行の感情でしかない。
「じゃあ、俺も捨てられる時は金か店をもらえるのか」
 一弥がそう言うと、マサは返答に困ったようで、「捨てられるとか、そんなわけないですよ」と小さく返す。だが、それは貴雄の気持ち次第であり、他人ではどうしようもないことだ。いつかそういう日が来た時、一弥は手切れ金や慰謝料をたっぷり請求してやろうと思った。

 たいていの日は朝から夕方頃までマサが来てくれるが、彼にも休みがあった。彼が休みの時は代わりの男が来る。人不足からか、時おり、ホールで監視をしている男の一人が中へ入ってきて、マサの仕事を引き継ぐこともあった。
 山中やマサ以外の人間は、ほとんどが二通りに分かれる。一弥を軽蔑する瞳で見てくるか、存在していないかのように見ないかのどちらかだ。男達は一弥を軽く扱えば、先の男達のように破門されるかもしれないため、はっきりとした嫌がらせはない。だが、その居心地の悪さはまるで親戚の家にいた時のようで、マサ以外の男達が来るのは週二回程度にもかかわらず、一弥に閉塞感を覚えさせた。
 囲われていて、自由に出入りできないことも原因かもしれない。一弥は涼しい室内でぼんやりとカウチソファに寝転びながら、煙草を吸っていた。夜は貴雄の相手をして、昼は怠惰に過ごす。楽な生活のはずなのに、一弥は息が詰まりそうだった。
 ほぼ毎晩の行為は脱出したいという願望に拍車をかけていた。貴雄のペニスをアナルで受け入れ、一弥の体は前立腺を擦られることで快感を得ようとしている。だが、一弥の意識はまだそこまでついていけない。貴雄の執着心にただ身動きが取れない状態が続いた。
 煙を吐き出していると、男が入ってくる。マサ以外の男達はたいてい料理ができないため、夕飯は出来合いのものを買ってきて、冷蔵庫へ入れるだけだ。クリーニングに出すものを確認して、いつもならすぐに出ていく男は、テーブルの向こうで足を止める。一弥が煙草の火を消すために起き上がると、男が口を開いた。
「逃げたいですか?」
 一弥は思わず苦笑した。男を見返すことなく、潰れた煙草で灰皿の中の灰を集める。
「逃げたいけど、逃げられないだろ」
 男が笑った。一弥は顔を上げて彼を見る。いちいち出入りする男達の顔を覚えていない。目の前の男も初めて見る顔だった。理知的な瞳でこちらを見返している男は、表情は笑っているが、瞳は笑っていない。
「逃げられますよ」
「……おまえ、誰だ?」
「逃げたくないですか?」
「あいつのところの人間じゃないだろ?」
 適当に言うと、男は一瞬うしろを振り返る。玄関から入ってくる貴雄の部下ではない男達の姿が見えた。
「事前情報と違いますが、相思相愛ということですか?」
 一弥はこたえずにソファから立ち上がり、寝室までの距離を目で確認する。おそらく寝室よりも、ベランダへ逃げたほうがいい。ただ、ベランダへ逃げた場合、その先の選択肢は飛び降りるという一択になる。


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