edge9/i | ナノ


edge9/i

 男に解放されたのは、外が白み始めてからだった。三回目までは覚えているが、それ以降の記憶はまったくない。男がいつ寝て、起きて出ていったのかも知らない。
 一弥は乱れたシーツの間から起き上がり、リビングダイニングのほうへ歩いた。壁に手をつきながら、だるい腰を擦る。だるいのは腰だけではなく、体中が自分の言うことを聞いてくれないようだった。
 朝起きたら、煙草を吸う癖がある一弥は、まず煙草を探した。もちろん、煙草はなさそうで、キッチンの冷蔵庫も見事に空だった。シャワーを浴びるために浴室の扉を開けると、引きちぎられた自分のシャツや下着が落ちている。
 昨夜、起きたことを思い出し、気分が悪くなった。シャワーを浴びても着る服はなさそうだが、体に残る男の痕を消したくて、一弥は浴室へ入る。キスマークはシャワーで流せるものではないが、置いてあったボディソープとシャンプーを使ってリフレッシュすると、それなりに気分は落ち着いた。
 ラックからバスタオルを取り出して、着るものがないか部屋の中を探してみる。寝室のクローゼットにバスローブがあったが、一弥のサイズではなかった。仕方なくバスタオルを巻いた状態で、ソファへ座る。大人一人が足を伸ばせるほど広いL字型のカウチソファに寝転んでみる。
 この部屋には時計がなかったため、一弥は一度、体を起こしてテレビをつけた。昼から始まる番組ばかりだ、と確認しながらチャンネルをいじった。
「あ」
 一弥は朝十時には出勤していなくてはいけない。昼の番組が流れているということは、すでに二時間ほど遅刻している。アルバイト達は中に入れず困っているに違いない。
 連絡しようにも携帯電話はまだ戻ってきておらず、財布の中に金があっても、部屋の中に公衆電話があるはずもない。どさっと腰を下ろすと、尻の奥に痛みがあった。思わず顔をしかめる。
 あの男が分からない。理解する必要はないが、いったいどういうつもりで自分を女の代わりにしたのか、考えるだけで腹が立った。一弥は立ち上がり、玄関へ続くフロアを歩く。扉を開けて、格子の引き戸の前に立つと、エレベーターホール前に立っていた男達が目を丸くした。
 男達は目を丸くしたが、すぐにかすかな嘲りを含んだ視線で一弥を見返す。一弥はその低能な態度にも腹が立った。
「あいつは?」
 本来であれば関わりたくない、話しかけたくない人間達だが、昨夜のできごとの後ではもう引き返せないところまできている。一弥は殴られることを覚悟で、あえて仏頂面をして聞いた。
「あいつ? てめぇ、貴雄(タカオ)さんのことをあいつ呼ばわりしてるのか?」
 一弥は血気盛んそうな男を見上げる。溜息をついて話ができそうなもう一人を見た。
「貴雄さんは仕事中です。何か必要な物があるのなら、私どもに申しつけてください」
 携帯電話が欲しいと告げると、それはできないと言われた。
「じゃあ、あんたの貸してくれ」
「誰にかけますか?」
「あいつ」
 話ができそうな男が、ブラックの携帯電話を操作してから差し出した。耳に当てるとコール音が聞こえてくる。
「何だ?」
 忙しいのか、用件を急かす声が響く。
「俺を殺さないなら、仕事に行かせてくれ」
 一弥は目の前の二人の視線を感じ、自分の体へ視線を落とす。確かにバスタオルで下半身を隠しているが、上半身には貴雄の残した痕が赤く存在を主張していた。恥ずかしいと思うより、こんな痕を残した彼に腹が立った。
「トンカツ屋のか」
 さすがに情報が早い、と感心しつつ、一弥はもう一度、同じことを言った。
「馬鹿か。俺がおまえを働きに出すわけないだろ」
「どういう意味だ?」
「女はベッドの上で待ってろ」
「俺はおまえの女じゃない」
「昨日したことは同じことだ」
「俺は了承してない」
「俺の女でいるのが嫌なら、組に入って俺の下へつけ」
「はぁ? おまえ、ふざけるのもいい加減にしろよ」
「ふざけてない」
「おまえと話すといらいらする」
「俺はおまえと話すと楽しい」
 一弥は思わず携帯電話を叩きつけそうになったが、借りていたものだと寸前で思い出し、男へ返した。


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