edge7/i | ナノ


edge7/i

 傷一つないフローリングの床に唾液と涙が落ちていく。諦めることは慣れている一弥だったが、今回は強く抗った。リビングダイニングの窓のほうへ四つ這いで行き、窓を開ける。
 ベランダに出て、この男に何かされる前に飛び降りてしまえばいい。一弥は本気でそう考えていた。丸い形をした手すりへ手を伸ばす。大きな手が一弥の手首をつかんだ。
「んで、なんで、俺なんかっ……おまえと、関わりたくない。早く殺せ」
 下から睨むと、男は不敵に笑っている。腹が立って、つかまれた腕を振り回したが、男は放してはくれない。
「言っただろう。悪あがきしない男はいい。おまえはあの場で自分が死ぬことをいとわなかった。そこまで潔く捨てられる命なら、別に俺が拾ったっていいだろう?」
 どういう理論だと叫びたかったが、一弥は口の中に溜まった血を飲み込んで、自力で立ち上がる。男の自信にあふれた言い方が気に障った。
 夜の闇の中で光る男の目は獣のように鋭い。自分の孤独を見透かされそうで、一弥は視線をそらした。湿った風が二人の間を通り抜けていく。
「死は受け入れられるのに、凌辱されることは受け入れられないか」
 男は小さく笑う。
「おまえのそういうところも気に入った」
 腫れているくちびるの端に指先が触れる。一弥はその手を払い、男を殴ろうとした。その攻撃パターンは飽きたと言わんばかりに、腕をつかまれ、その場で押し倒される。冷たいコンクリートの感触は蒸し暑い夜には心地いいが、男がわざと押しつけてくる中心部には不快感しか覚えない。
「女ぐらい囲ってるだろ。そいつらにしたら?」
「反応が一緒でつまらない。それに今は、おまえに突っ込みたい気分なんだ」
 男は乱暴に一弥のランニングシャツを左右に引っ張った。ジーンズのボタンとチャックに手がかかる。ずっと平静を装ってきたが、もう限界だった。男に、しかも、関わりたくない人間に犯されるなんて嫌だ。
 一弥は破れたシャツと脱がされかけた下着姿で、足と手を動かして暴れた。うまい具合に男の頬と腹に当たったが、その後の衝撃に呼吸が止まる。男は一弥の頭をつかんで、コンクリートの床に打ちつけた。
「山中から聞かなかったか? 俺は気が短いんだ」
 ちかちかと点滅する視界に、瞬きを繰り返していると、体が宙に浮く。浴室のスライドドアを開けた男は一弥をタイルの上に落とした。
「いっ、た……」
 タイルの上に尻を打ちつけて、一弥は頭と尻と押さえる。全裸になった男がドアを閉めて中へ入ってきた。痛みからにじんでくる視界を手で擦り、男を見上げた。スーツを着ていた時は分からなかったが、男の腕は筋肉で盛り上がっており、自分の攻撃がことごとく止められてしまうのも無理はないと思った。
 腕だけではなく、男の体は思わず見とれてしまうほど美しかった。タイルの上を後ずさりしながら、男を見上げていると、彼は笑い出す。
「面白い奴だな」
 男はシャワーを手に取り、温度を調節した。一弥は体にいきなり温水をかけられ、怯んだ。男の手がまだ熱を持たないペニスをつかむ。
「っやめろ、触るな」
 一弥は前を隠したいがために、背中を向けた。途端に、背中の上に男が乗ってくる。
「ぐっ、あ、おまえ、何してっあ」
 一弥は足をばたつかせたが、シャワーの温水と男の指先が尻の割れ目に入ったのを感じて、体を緊張させた。
「力、抜け」
 男のしようとしていることが分からず、一弥はパニックに陥る。
「や、やだ、やめろ、嫌だ、たのむから、やめ、っ」
 こんなふうに泣くことが自分でも信じられない。だが、怖いものは怖い。広々とした浴室内の淡いブルーのタイルを見つめながら、一弥は先の見えない不安に襲われていた。
「っあ、やだ、って、ぅあ」
 男はもちろん、一弥が泣いてもわめいても手を止めてはくれない。固く閉ざされたアナルへ温水を当てながら、指先を押し込んでくる。殴られたり、蹴られたり、打ちつけられたりする痛みとは比べものにならない。
 一弥は目に見えない場所を傷つけられる恐怖に、声を出すことも忘れて、息を止めた。
「深呼吸だ」
 できるわけがなかった。一弥は息を止めて、体を力ませる。寒くもないのに、体が震えた。


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