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edge6/i

 自由になった右手で男の顔を殴った。まだ体勢を整えていないため、本気の力ではない。だが、予想に反して、男は避けなかった。一弥の目の前でなぜか嬉しそうに笑っている。それを見た瞬間、一弥はまずいと思った。
「っい」
 思った通り、すぐに男の右腕が一弥の左頬に飛んでくる。重い一撃は一回で終わるはずもなく、二回往復した後、今度は腹を殴られた。鍛えている男とは違い、一弥の体は自分でも嫌になるほど貧弱で、それゆえに男の攻撃がこたえる。
 痛みから涙があふれると、ようやく、男は腕を振り上げなくなった。噛んでしまった口内で血の味が広がる。頭がおかしいのではないか、と非難の瞳で男を見上げると、彼はおもちゃをもらった子どものように瞳を輝かせていた。
 向かいの席にあるパネルを押すと、助手席に座った男の声が聞こえてくる。
「行き先変更だ。新家沢のマンションへ行け」
 男がネクタイを緩めながら、座席に倒れ込んでいる一弥を見下ろす。殴られた衝撃が強過ぎて、一弥はまだ起き上がることができなかった。
「うまい酒でも飲ませてからと思ったが、おまえがそんなに積極的とはな」
 一弥はまだ動かせる足で男の足を押したが、無駄な抵抗に終わる。男はほどいたネクタイで一弥の腕をまとめて拘束した。
「キスとか、気持ち悪いんだよ、放せ、変態!」
 もう一度、足を動かして、男の太股あたりを蹴ると、彼はその足をつかんだ。
「油臭い靴、履いてるな。厨房かどっかで働いてるのか?」
 問いかけを無視して顔を背もたれへ埋めるようにそむけると、男の手が頬へ伸びた。男は一弥の顔を正面へ戻すと、またキスを挑んでくる。今まで、同性からそういう対象で見られたことはない。一弥は確かに細身だが、特に可愛い顔でもなければ、美しい顔でもない。
 この男は本当におかしいのではないか、と思いながら、一弥は必死に抵抗した。それとも、この世界の人間はこういうものなのだろうか。舌をまさぐられて、一弥はもう一度、噛もうと口を動かす。
 男があまりにも執拗に口内で舌を交えてくるため、一弥は飲み込めなくなった血の混じった唾液をくちびるの端からこぼしていた。男の指先がその唾液を拭う。
「ふざけんな、さっさと殺せばいいだろ」
 先ほど問いかけにこたえなかった仕返しなのか、男は何も返事をせず、右側の座席に座り直した。ちょうど車が地下駐車場へ入っていく。一弥は慌てて体を起こし、乱れている衣服を直そうとしたが、ネクタイで縛られた腕は思うように動かない。
 ドアが開くと、一弥は引っ張り出された。男は助手席に座っていた男に何かを告げて、エレベーターへ乗り込む。護衛のために誰か入ってくるかと思ったが、男と一弥しか乗らなかった。
 運転席にいた男が顔色を変えなかったことから、こういうことはこの男にとっては日常茶飯事なのだと理解した。だが、一弥はこの男の気まぐれでキスをされ、口内を蹂躙されることを許すわけにはいかない。
 エレベーターの中でネクタイをほどくために、手と口を動かした。タワーマンションの最上階へ到着する前に、ネクタイが外れる。一弥はとっさに腕を隠した。男が降りる瞬間、腕を突き出す。その後、すぐにドアを閉めて下へ降りる。
 最上階を告げる電子音の後、ドアが開いた。一弥が腕を出して、男の背中を押そうとした瞬間、エレベーターホールに立っていた男達が、一弥の腕をつかむ。放してくれるはずもなく、そのままホールへ引きずられた。
「何だ、さっきのでへばったと思ったのに、意外と元気だな」
 振り返った男は満足げに笑った。エレベーターの中に落ちていたネクタイを受け取った男は、一弥を拘束する男達に、一弥を解放するよう言った。
「山中に、明日は一時間遅らせろと伝えておけ」
 男が左手で一弥の首をつかむようにして押した。玄関扉は格子の引き戸になっており、そこを開けると、また扉がある。指紋認証の後、男に押される形で中へ入る。広い廊下の左手には扉が二つあった。
 そのまま奥へ進むと、リビングダイニングが広がる。大空間は左にソファと大画面テレビが置かれ、右側にテーブルと椅子が並んでいた。その向こうにキッチンがあり、キッチンの横にはまた廊下が続いている。ひと時の間、一弥は自分が誰とどこにいるのか忘れてしまった。
「男は初めてか?」
 耳元でささやかれ、一弥は体を震わせた。振り返った瞬間、またくちびるを奪われる。腕を振り回して抵抗すると、みぞおちを殴られた。
「っぐ、ぁ」
 呼吸が詰まり、涙があふれる。一弥は悔しくて、ひざをつきながら、男を見上げた。


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