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 一弥は小学生の時に両親を事故で亡くして以来、親戚の家で育ち、高校卒業と同時にバイトで生計を立てながら一人暮らしを始めた。親戚の家は居心地が悪く、あの頃はとにかく早く出て行きたかった。
 そのために高校からバイトをして貯金していた。親戚の家を出てから、一弥は一度も連絡を取っていない。時々、一人でいることの孤独が存在を押し潰そうとする。両親がどんな人間だったか、残っている写真から読み取ろうにも、一弥は笑っている幼い自分にすら覚えがなかった。
 彼女とは自分の歩んできた人生を話せるほど仲よくなった。その彼女から、男が口にしたような言葉があったのだとしたら、悲しみに暮れるしかない。怒りはないが、疑念と自分は孤独であるという感情が残る。
 人を好きになることは馬鹿げている、と一弥は思った。目の前で人の煙草をふかしている男を見つめる。
「一般人には手を出さないんだろ?」
 一弥は長テーブルの上にある自分の煙草へ手を伸ばす。ボックスから一本取り出して、口へくわえると、わざわざ男が身を前に倒して、ライターの火を差し出してくれた。
「どうも」
 礼を言って、火をもらい、溜息と一緒に煙を吐き出す。
「面白いな。この状況で煙草が吸えるのか」
 無関係だからな、と言いたかったが、一弥は先ほどの身元不明の遺体という言葉を思い出して嘲笑する。
 思い出のない自分は空っぽだった。十八歳の時から七年働いてきて、ほんの少し貯金がある程度だ。誰かと家庭を築くことも考えられず、溜まったものは金を払って抜いてもらい、日々の楽しみといえば、休みの前に安い発泡酒を家で飲むことくらいだ。
 だが、彼女は違う。今はサトウという男に翻弄されているかもしれないが、いつか立派な男性に出会えば、子どもを産んで育てることができる。
「殺されるかもしれないなら、最後の一本くらい、いいだろ?」
 一弥は男にそう伝えて笑った。自分とは無関係のことで殺される可能性があると言われるなんて、叫び出したいくらい理不尽なことだった。だが、一弥はそういう理不尽なことを受け入れることに慣れていた。
 親戚の家では疎外されたり、否定されたりすることの連続だった。あの家を出てまで手に入れた一人暮らしは、一弥の予想以上に寂しいものだった。これから先も油の臭いにまみれながら、トンカツを揚げ続ける生活なら、もういいかと思ってしまう。
 それが殺されてしまうかもしれない、というどうしようもないことへの、何とか納得できそうな理由だと自分でも分かっている。一弥は短くなった煙草を親指と人差し指でつまみ、吸い上げる。
 さすがに指が熱くなり、灰皿で押し潰していると、男が立ち上がった。
「悪あがきしない男はいい。一弥、付き合え」
 いきなり、腕を引かれて、足がもつれる。数人の男達が後を追ってきた。
「おい、どこに行くんだよ、俺は」
「車」
 男は一弥ではなく、別の男に告げた。六基あるエレベーターのうち、二基の扉が開く。二名の男達が一緒に乗った。そのまま地下まで降りると、駐車場が広がる。一弥はまた移動することに不安を覚えた。
 別の男が車を回してくると、後部座席の扉が開けられる。男は一弥を中へ入れ、他の男達に何か指示した。車は高級国産車で、車内のシートはすべて皮張りだ。息つく暇もなく、男が座ると、前の座席と後部座席を仕切るウィンドウのようなものが上がった。
「おまえが無関係な人間だということは分かっている」
「じゃあっ」
「だが、あの女がおまえを差し出したのは事実だ」
 一弥が肩を落とすと、男は足を組んだ。
「殺されることより裏切られたことのほうが辛いのか?」
 その問いかけに答えずにいると、男が苦笑する。スモークフィルムの張られた窓から、街の明かりを見つめた。男の手が、うしろ髪をすくように動き、気持ち悪いと伝えるために振り返ると、くちびるへキスされる。
 抗議するために腕を動かしたが、左腕は男の右腕に押さえられ、右腕は背もたれと男の体の間に挟まって抜けない。足も男の足が絡んで、思うようには動かせなかった。
 くちびるだけを奪うキスは、歯列をなぞり、口内まで犯してくる。一弥は男の熱い舌を噛もうとした。男が気づいて、離れていく。


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