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edge2/i

「いくら?」
 金額を聞くということは、貸してもいいということだと勘違いした彼女が、すがるようにこちらを見た。
「百万、なんだけど……」
 一弥はその金額に右手で持っていた煙草を灰皿で押し潰す。
「馬鹿。そんな大金ない。それに、言いたくないけど、騙されてるんじゃないのか?」
「彼は騙してなんかない。あのね、本当は百万じゃないけど、皆から少しずつ借りて、集めてるところで、その金額が用意できたら、彼、安全に外国へ逃げられるかもしれないの」
 彼女が必死になって話す。
「でも、誰も貸してくれない。友達だと思ってたのに、冷たい」
 最後の冷たいは、一弥にも向けられていた。以前の彼女はこんなふうではなかったのに、と思いながら、とりあえず諭す方向で話してみる。
「あのな、相手はやくざで、逃げてる。百万以上の金がいる。それをおまえの友達から集めてこいって言う。それが彼氏なわけ? おまえの彼氏は、おまえに金で愛を買えって言ってるってことだろ?」
 そんな価値のある奴か、と含ませて言えば、彼女は目に涙を溜めた。ずいぶん長い間、気になる相手ときちんとした付き合いをしていなかったようだが、それでも、そこまで焦って相手を選ぶ必要はないはずだ。
「……もういい。誰も、分かってくれない、イチなら分かってくれると思ったけど、もういいっ」
 弱々しく泣き始めた彼女に、周囲が注目する。一弥は溜息をつくしかない。もう一本、煙草を吸おうと視線を移動させた時、外の暗闇に動く影を複数見つけた。外の植え込みのところから、そう離れていない場所あたりを出入口に向かって回り込む影だ。
「なぁ、そいつ、逃げてどれくらい経つ?」
 やくざの捜索能力がどんなものか知らないが、よく考えてみれば、大都市にそれぞれ指定暴力団があって、そこから全国に散らばっているようなものだ。敵対関係云々は知らないが、抗争という言葉をニュースで耳にするくらいだから、その逆もありうる。
 彼がどこから逃げてきたのか知りたくもないが、この土地の暴力団が協力するということは十分考えられる。一弥は煙草をボックスへ押し戻して、すぐに立ち上がった。彼女はまだ泣いている。
 ひとまず会計を済ませて、彼女の腕を引っ張り、出入口から外へ出た。相手は左手から回り込んでいる。一弥は迷わず右へ駆け出した。
「ちょ、何で走るの?」
「黙れ」
 本気で逃げたい自分とそうではない彼女を連れて走るのは難しい。一弥は全力疾走とはいかず、駆け足程度で歩道を蹴った。だが、すぐに立ち止まる。彼女のせいではない。目の前にスーツ姿の男達が並んだからだ。
 スーツを着ているということはおそらく上の人間だろう。そのへんでケンカを売りそうな下っ端なら、派手な私服を着ていそうだ。かばう義理もないが、一弥は彼女を自分のうしろへ隠す。
「何ですか?」
 できるなら関わりたくない。こうして囲まれてしまった時点で、彼らがその筋の人間で、彼女がかくまっている男を捜しているのだと分かる。
「イチ、どうしよう、あの人は、でも、悪くないよ、罪をきせられそうになって、逃げてたとか、そういう話だったから、悪くない」
 一弥はうしろを振り返り、思わず顔をしかめた。無関係で通そうと思っていたのに、これではこちらから彼の居場所を知っていると伝えたようなものだ。
「なるほど。そちらの方はサトウのことをご存知のようだ」
 小賢しそうなメガネをかけた男が、二人を囲む男達の間から一歩出てきた。一弥は彼を見据える。
「そちらの彼女に少し聞きたいことがある」
 彼女がすがるように一弥を見上げた。一弥はその視線を受けて、メガネの男を見る。
「ダメ、言っちゃダメ。こいつら、彼のこと殺しちゃう!」
「物騒なことを言う」
 一弥は体を揺さぶられたが、彼女の住所を伝えようとした。メガネの男は苦笑したが、瞳は冷たく、彼女が言うように、もしかしたら彼は殺されるかもしれない。だが、それは彼らの世界の掟の話であり、それに自分達は関わってはいけないのだ。それを彼女は分からなければならない。


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