And I am...番外編4/i | ナノ


And I am...番外編4/i

 洋平はドライヤーで髪を乾かしていた。先週、総一郎に付き添われて美容院で髪を切り、少し染めてもらった。頭皮マッサージやスカルプも受けて、気持ちの問題だが、何となく髪に艶があるように見える。洋平が鏡に映る自分の顔に見惚れることなんてない。美しくも可愛くもない、いたって普通の顔だからだ。
 自分の顔を凝視しながら、総一郎のことを思い出して笑った。思わず声まで漏れてしまう。彼は自分の姿を一生懸命、携帯電話で撮影していた。美容院の後は毎回のことだから、あまり気にならないが、SDカードに移動させても容量が超過するのでは、と思うほど、彼は写真を撮りまくっていた。
 会田達は、総一郎に洋平という恋人がいてよかったと言う。もし、洋平がいなければ、彼の異常な熱愛ぶりはいつか犯罪行為につながるのではないか、と冗談なのか本気なのか分からないことを言われていた。
 総一郎はとても甘やかしてくれる。身近な人間を亡くしたくないという思いの強さであり、つくすことで洋平の負担が減ると信じているところがあった。貧血で倒れた時、総一郎の泣き声で目を覚ましたが、母親を亡くした子どもみたいに大泣きしていて、大丈夫だと声をかけても、総一郎はしばらく泣いていた。
 先週も美容院へ行った帰り、ほんの少し目抜き通りを歩いただけで、人混みに酔った洋平は、慌てて脇道へ走った。しゃがむと総一郎がパニックになると分かっていたため、洋平は立ったまま、吐き気をこらえていた。すると、あわてふためいた総一郎が自分以上に青い顔で、震えた指先を伸ばしてきた。
「大丈夫か? 俺が歩かせたから……すまない、洋平、すまない」
 首を横に振っても、総一郎は謝りながら体を抱き締めてくる。タクシーを拾った後も、彼は洋平の体を放さなかった。
 愛する人が泣く姿というのは、本当に辛い。自分を心配してくれる総一郎は、普段からは考えられないほど弱くなる。仕事中に、洋平が家の中で倒れた場合をおそれ、彼は家の周囲だけではなく、中にもカメラを設置した。
 行き過ぎていると思うことはある。だが、それで総一郎が安心して、仕事できるならいいと考える。
 シャワーを浴びた洋平は昼寝をするため、携帯電話を開いた。一時間だけ、ベッドへ横になると送信しておかないと、倒れていると勘違いされ大変なことになる。少しの間、アクアリウムに泳ぐブルーグラスグッピーを観察し、洋平は目を閉じた。

 メールの着信音を聞き、内容を確認した洋平は、用意しておいた食事を温め始める。今夜は旬であるサンマとヤマイモのサラダがメインだが、肉があったほうがいいと思い、豚肉とゴーヤも炒めた。みそ汁はジュンサイと豆腐で作り、浅漬けしているキュウリの漬物を切る。
 一緒に暮らし始めた頃は、あまり大したものは作ることができなかったが、今ではレパートリーも増え、朝食のパンも自分で焼いたものを出すようになった。
「おかえりなさい!」
 玄関への出迎えはあの事件を彷彿とさせるため、総一郎はいつも鍵を開けて入ってくる。廊下から直接キッチンへ続く扉を開け、スーツ姿の彼が、「ただいま」と言った。キッチンで出迎えてあいさつをしてから、背伸びをして口づける。彼は嬉しそうに笑った。
「もうすぐサンマも焼けるから、着替えてきてください」
 焼け具合を見に戻ると、総一郎がついて来て、漬物をつまみ食いする。
「あ、総一郎さん、はしたないです」
 総一郎はもう一つ手にすると、子どものように笑みを浮かべ、寝室へ向かった。洋平はサンマを皿へ移し、白飯を茶碗へよそう。
 一日一日は、驚くほど平凡に過ぎていくが、洋平はこの生活を愛している。総一郎が仕事に行っている間、カメラのついた家で過ごすことも、一人では一歩も外へ出ないことも、彼がいる週末しか友達を呼べないことも、不満に思ったことはまったくない。
 食事を終えた後、夕食と一緒に出していたビールを飲み干した総一郎が、風呂へ行こう、と言った。洋平は、彼が仕事へ行った後にシャワーを浴び、彼が帰ってきたら一緒に風呂に入る。
 洋平は総一郎の髪を洗うのが好きだ。湯船につくもり、背筋をそらして、目を閉じた彼の黒髪を丹念に洗っていく。こめかみを軽くもみ、肩を解すようにマッサージすると、彼は気持ちよさそうな息を吐いた。
 対面に座ると、すぐひざの上に乗せられる。総一郎の指が左足のアンクレットを触った。
「おまえがいないと、もう生きていけない」
 かすれた声で告げられた言葉に、洋平は腕を回して、総一郎のくちびるへキスをする。湯の跳ねる音が響き、洋平はブルーグラスグッピーのように、優雅に腰を動かした。彼の作ったアクアリウムの中で生きていたい。洋平は思いを伝えるため、口を開いた。


番外編3 番外編5(初旅行編/洋平視点)

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