And I am...番外編3/i | ナノ


And I am...番外編3/i

 土曜の朝、届いたダンボールの箱を抱えて、総一郎がリビングへ入ってきた。ちょうど朝食を終えたばかりで、洋平はテーブルを拭いていた。
「それ、何ですか?」
 通販で何か買っていたのは知っている。フローリングの床の上へ箱を置き、総一郎は休みのため、無造作に流している髪を指先でかき上げた。洋平はキッチンばさみを彼へ手渡す。
 約三年前の事件は洋平の体と心に傷を残した。自分で包丁を握ることに抵抗はないものの、土曜だけの訪問を出迎えることができない。すでに何度も会っている庭師やクリーニング店の店員であっても、洋平はドアスコープ越しに見るだけで発作を起こしていた。それからは必ず総一郎が玄関へ行ってくれる。
 箱から出てきたのは乾燥ヒジキだった。
「キクラゲ……?」
 総一郎は中から、ココアと鉄分のサプリメントも取り出し、テーブルへ並べた。
「あの、総一郎さん、もしかして」
 洋平にはこの貧血対策セットのような中身に心当たりがある。つい三日ほど前、縁側に似せた造りのウッドデッキで涼んでいたら、そのまま貧血を起こして、倒れた。
 喉が痛んだり、体調が悪い時は、病院から処方されている薬を飲み、一日横になれば体調は戻る。一ヶ月に一回は扁桃腺炎で苦しんでいたが、今では三ヶ月に一回、あるかないかだ。
 今年は異常気象と呼ばれるほどの猛暑が続いている。そのせいか、洋平は食欲がなく、貧血気味だった。総一郎を心配させたくなくて、なるべく彼の前ではしゃがみ込んだり、ぐったりした姿を見せないようにしていたが、ウッドデッキで倒れた時は、意識が戻ってもそのまま横になっていたのだ。
 夕方の涼しい風が気持ちよかったから、というのが理由だが、眠ってしまい、定時で帰宅した総一郎の叫び声で起きた。その時の彼の混乱ぶりは、とても言葉で表せるものではない。洋平はそのことを思い出して心が痛んだ。彼の恐れていることが何かはっきり分かる。絶対に長生きしないと、とんでもなく大きな傷を彼に残すことになるだろう。それは自惚れでも何でない。
「総一郎さん、ありがとう」
 乾燥ヒジキを握ったまま、洋平が総一郎の首へ腕を回すと、彼はそのまま抱えてくれる。
「夕方、涼しくなってから、買い物に行こう。緑の濃い野菜がいいらしい。レバーは食べられるか?」
 ホルモンは食べられない。首を横に振ると、総一郎は軽く頷き、くちびるへキスをくれる。
「新鮮な牛肉にしよう。あ、豚肉のほうがいいのか……?」
 総一郎は洋平を抱えたまま、パソコンを開き、検索を始める。洋平をひざに乗せ、左手で器用に背中を支え、右手だけでキーボードを打つ彼の姿に、少し笑ってしまった。傍から見れば男二人で暑苦しいことこの上ないだろうが、幸いなことに室内は空調が整っており、ここには二人だけしかいない。
 総一郎にこうして抱えられていると、小さくてよかったと思える。精悍な横顔を眺めながら、『ブォンリコルド』でディナーを食べた日のことを思い出す。『ブォンリコルド』へは月一回程度、二人で食事を楽しむために通っている。総一郎も今ではすっかり常連客だ。彼は守崎の恋人と仲よくなり、牧とも仕事のことで話が合うらしく、よく電話で話している。
 会田も守崎も種類の異なる美しさがあり、そのことを総一郎の前で言った。ちょうど、二人がホールに立ち、並んでいた時のことだ。彼は二人を一瞥することなく、まっすぐこちらを見つめた。それから、「俺はおまえのほうがきれいだと思う」と難なく言った。それだけで洋平は顔が熱くなるほど照れたのに、彼はさらに続けた。
「だが、おまえの美しさに気づくのは俺だけでいい。俺だけのものだ」
 総一郎のべったり具合は、会田達にすら苦笑されている。アクアリウムの掃除の時でも、ずっと抱きついているため、掃除ができないと言えば、ブルーグラスグッピーに嫉妬すると言い出す始末だった。時々行き過ぎている気がするが、愛されていると分かるので、洋平はもう何も言わないことにしている。砂場になる予定だった赤レンガで囲まれた場所には立派なリンゴの木が植えられた。
 検索結果を見ながら、総一郎は右手で洋平の左足首をなでる。正確には、アンクレットへ触れていた。
「洋平」
 頬や髪にキスされた後、くちびるに音を立てるキスを繰り返される。真剣な表情で総一郎が告げた。
「貧血には馬肉らしい。鉄分が他の肉のおよそ三倍だそうだ」
 洋平は熊本県まで行く、と言い出す前に、「豚肉とニラの炒め物がいいです」と笑顔で返した。


番外編2 番外編4(洋平視点)

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