And I am...番外編1/i | ナノ


And I am...番外編1/i

 恋は盲目、とはよく言ったものだ。総一郎は目の前のグリルで肉や野菜を焼いている洋平を見ながら、感慨深く去年を振り返った。父親が亡くなり、手紙を発見し、洋平に会った時、まさかこんなふうに好きになるとは思いもしなかった。弟に似ていたため、意識はしていたが、仕事を紹介した時点で彼は彼の人生を取り戻すだろうと考えていた。
 高堂のことを見抜けなかったのは、自分の人生で最大の過ちだ。それでも、何も言わずに耐えていた洋平の健気さは総一郎の心をとらえた。調査書を読んだ時から、彼があまりいい人生を送っていないことは分かっていた。父親が彼の将来を憂えていたのも理解できる。
 出会った頃、色々とひどい言葉を投げつけたにもかかわらず、洋平は謝罪を要求したりしない。控えめで楚々とした態度に夢中になるまで時間はかからなかった。自分の容姿がいかに異性の気を引くか知っている。実際、異性との経験は豊富だった。仕事仲間に誘われ、アンダーグラウンドのショーを見にいくこともあり、同性からも誘いを受けることもあった。
 父親が生きている間に、結婚して孫の顔を見せたいとは考えていたが、この家で一緒に暮らしたいと思える人間に出会ったことがなかった。父親はよくそのことを笑っていた。母親が亡くなってから、彼はただの一人も愛さなかった。毎年、母親の誕生日がくると、彼女のために祝った。イベントごとにも欠かさず家に帰ってきて、家族で過ごすことの大切さを教えてくれた。
 総一郎は父親が母親の死を理解していないのではないか、と不安だったが、彼はきちんと理解していた。弟が亡くなった時も、悲しみに打ちひしがれる自分と比べ、彼は気丈に振る舞った。
「おまえもこの人だ、という人間に会えば、一途になる。何せ、俺の血を引いているからな」
 父親の言うことは正しかった。総一郎はどんな美人に誘惑されようと、目の前で肉をつついて、焼け具合を確かめている洋平を選ぶ自信がある。
 自分が寡黙な人間だという自覚はあり、つまらないと思われはしないかと不安になるが、洋平はいつも嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。抱き潰したくなるほど可愛い。だが、もちろん、抱き潰すことはしない。必死に余裕の表情を見せるだけだ。
 高堂を傷害罪で告訴することも考えていたが、裁判になると、被害者として法廷へ出なければならない洋平の負担を思い、総一郎は示談を選んだ。ホームセキュリティ会社へは、家の周囲に取りつけていたカメラの数を増やしてもらった。その様子を会社で確認できるようにして、通販で購入したものの届け日もクリーニング店の回収日も庭師の手入れの日もすべて土曜に変えた。そして、洋平には外に出るな、と言っている。
 自分の異常さに苦笑が漏れる。今夏、運転免許を取りたいと言った洋平の希望を却下した。洋平は金のことを気にしていたが、そうではない、と伝えた。彼が免許を取って、一人で買い物へ行くようになると、二人きりで過ごす週末の買い出しがなくなるからだ。自分でも子どもじみていると思ったが、洋平はそれで納得してくれたらしく、顔を赤くして抱きついてきた。
 身近な人間を失うことが怖い。母親は弟を残してくれた。父親は洋平と出会わせてくれた。だが、その弟は亡くなった。洋平は自分より十歳も若い。順当にいけば、自分のほうが先に逝く。もし、彼を失ったら、と考えると、総一郎は彼を家に閉じ込めたくて仕方なかった。本当は働かずに一日中家にいるような人間は嫌いだが、それは怠けている人間に限定されている。洋平はそうではない。彼はできる限りのことを手を抜かずにしてくれる。
「総一郎さん、焼けましたよ」
 流れた汗をタオルで拭いた洋平が、皿に焼けた肉と野菜をのせてくれた。
「ありがとう」
 裏庭でセミの声を聞きながら、二人だけでバーベキューをしていた。洋平は相変わらず細く、Tシャツからのぞく首元の白さがまぶしい。扁桃腺炎の治療も始めていた。年が明けてからは、ほとんど体調を崩すことがなくなったため、手術ではなく抗生物質での治療を選んでいる。
「ビールにしますか?」
 洋平がリビングから中へ入ろうとするのをとめて、総一郎は自分で取りにいった。サンダルを履いている彼の左足には去年のクリスマスに贈ったアンクレットが輝いている。きれいだ、と彼は喜んでくれたが、本当に喜んだのは総一郎自身だ。
「洋平」
 彼にも冷たいビールを渡す。彼は自分だけのものだ。


32 番外編2

And I am...top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -