And I am...30/i | ナノ


And I am...30/i

 左脇腹の刺傷は幸いなことに動脈などへ当たらず、心配されていた感染症も起こらなかった。三日ぶりに目覚めた時、そばにいた看護師が簡単にそう説明してくれ、洋平は安堵から涙をこぼした。その後、主治医が来て、詳細を聞き、全治三週間だと言われた。左腕も縫合だけで済み、神経などはまったく傷ついていなかったそうだ。
 病室は個室だった。主治医が出ていった後、洋平は天井を見つめる。高堂のことを考えようとしたが、刺された時の恐怖がよみがえり、洋平は総一郎のことを思った。まだ日が高いため、仕事中だろう。夕方には来てくれるだろうか。目を閉じた瞬間、引き戸になっている扉が開いた。
「洋平っ!」
 うしろから看護師の、「静かにお願いします」という冷静な声が聞こえた。だが、総一郎は気に留めることなく、駆け寄ってきた。
「洋平、よかった、目覚めなかったら、どうしようかとっ、洋平」
 何度も自分の名前を呼びながら、泣き始めた総一郎に、洋平は誰よりも驚いていた。総一郎は人前で泣くような人間ではない。左手を握られ、洋平の胸で子どもみたいに泣いている彼が、あまりにも小さく見えて、洋平は安心させるために右手で彼の肩へ触れた。
「そう、いちろ、さん」
 大丈夫、と目で言えば、彼は頷いて、それでも離れようとはしなかった。見かねた看護師が、「まだ抜糸も終わっていないんです。そんなに強く抱き締めたら、若野さん、痛いですよね?」と言ってくれた。洋平はかすかに頷く。抱き締められることじたいは嬉しいが、確かに体が痛かった。総一郎は少し力を緩めたものの、離れる気配はない。
「ごめん、俺が高堂をちゃんと処分しなかったから、こんなことになった。ごめん、洋平」
 いつになく弱々しい総一郎の姿に洋平は右手で彼の肩をなで続ける。作業を終えた看護師はすでに出ており、病室内には二人だけだ。川崎が亡くなったこともあり、彼はもしかしたら、人を失うことに敏感になっているのかもしれない。洋平は初めて彼の髪へ手を伸ばした。艶やかな黒髪をなでると、彼が頬を寄せてくる。
 総一郎は触れるだけのキスをした後、ようやく体を離し、洋平の左手を握ったまま、椅子を引き寄せた。
「もう少しだけ握っていてもいいか?」
「……うん」
 総一郎は左腕の切傷に負担をかけないように握り、こちらを見つめている。洋平は笑みを浮かべてから、目を閉じた。
 看護師が扉をノックする音に目を覚ますと、総一郎が上半身だけ曲げた状態で眠っていた。まだ左手を握ったまま、深い寝息を立てている。面会時間が終わる十九時を知らせにきた看護師が、小声で総一郎がずっと洋平のことを心配していたことを教えてくれた。仕事もあるのに、抜けてはこちらへ顔を出していたのだろう。
「川崎さん」
 起こすのはかわいそうだが、ここで一晩寝させるわけにもいかない。看護師に起こされた総一郎は、すぐに洋平の存在を確認した。
「明日も来るから」
 疲労のにじんだ笑顔で総一郎がそっとキスをくれる。来なくていいとは言えなかった。洋平自身、彼の姿を見ると安堵するからだ。
 翌日には刑事が来て、主治医が立ち会いのもと、事情聴取された。その時にも総一郎は仕事を抜け、終始そばにいてくれた。洋平は高堂がどうなるのか詳しく聞かなかった。ただ気がかりなのは、白昼に起きた事件ということで、近所の人達や世間が、総一郎のことをおもしろおかしく扱うのではないか、ということだった。
 だが、総一郎はその心配はないと言い、自分達はこれからもあの家で静かに暮らせると約束してくれた。
 三週間の入院生活の間、総一郎以外にも会田と牧、守崎が見舞いに来た。総一郎のホームドクターもわざわざ時間を作って来てくれて、洋平は自分を心配してくれる人間がいることを嬉しく思った。


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