And I am...17/i | ナノ


And I am...17/i

 総一郎が縛られた痕を見たことに、洋平は気づかなかった。しゃっくりのような短い呼吸を繰り返しながら、苦しみに顔を歪める。体を横にしたかった。倒れそうになったのを、彼が支えて、そのまま抱え上げてくれる。
「すみませんが、今夜は連れて帰ります」
「それは君が私に売った商品だ」
「契約違反があったようですが?」
 初めての時のように冷たい声で総一郎が言う。原野も冷静だった。
「いや、違反はしていない。殺さなければ何をしてもいいという契約だ」
 総一郎の手に力がこもる。洋平にはどこか遠いところでの会話のように聞こえた。ひどい耳鳴りに、彼のスーツを握り締める。
「……分かりました。ひとまず倍額で買い戻します。契約の話はまた明日、連絡を入れます」
 外は少し寒かった。薄暗い中に外車が停まっており、総一郎の存在に気づくとライトがつく。運転手がドアを開けた。
「家へ」
 感情を抑えた総一郎の声がする。彼は携帯電話でどこかへ電話をかけていた。そのあとの記憶ははっきりしていない。大きなベッドに寝かされ、以前診てもらった彼のホームドクターに服を脱がされ、手当てされた。
 温かい手が眠るまでの間ずっと髪や頭をなでていた。ようやく一人で眠れる。誰にも邪魔されない。洋平は嬉しくて、ベッドシーツと毛布の間で泳ぐように寝返りをうった。

 喉の痛みで目を覚ました時、洋平は自分がどこにいるのか分からず、ベッドの上でしばらく考えていた。振り返ると、ベッドヘッドに備えつけられたボードに、懐かしいアクアリウムを見つけた。
「あ……」
 そのまま体ごとうしろを向く。川崎が贈ってくれた洋平のアクアリウムだ。ブルーグラスグッピーが優雅に泳いでいる。少しの間、飽くことなく、そのブルーの群れを目で楽しんだ。
 カーテンの隙間からは光が漏れており、壁の時計を確認すると、まだ昼過ぎだった。目が腫れていることに気づき、昨日、総一郎の前で恥を捨てて大泣きしていてことを思い出した。
 洋平はベッドから下りて、寝室から出る。総一郎の寝室であることはテレビ、オーディオ機器やクローゼットを見れば、すぐに分かった。一階の東向きの部屋からリビングへ移動する。屋内には誰もいないようだ。
 ソファに合わせたローテーブルの上に、メモが置いてある。十八時までには帰る、好きにしていいが、家からは出るな、と書かれていた。異性が書いたみたいに、きれいな字だった。その隣には薬の入った袋がある。
 洋平は冷蔵庫をそっと開けて、中から飲み物を取り出す。レトルトのおかゆやゼリーが並んでいた。ミネラルウォーターを飲んだ後、バスルームで顔を洗った。ひどい顔だ。病人だから仕方ないが、こんな姿で外に出たら、すぐに救急車を呼ばれるだろう。
 シャワーを浴びる気にはなれず、ソファに腰を下ろす。おそらく洋平のサイズの服がないから、総一郎のTシャツを着せらていた。まだ体はだるく熱っぽい。
 洋平は何とか立ち上がり、冷蔵庫からゼリーを選んだ。それを開ける力さえない。引き出しを引くと果物ナイフがあり、それでふたを引き裂いた。きれいに食べることができなかったが、テーブルの上にある薬を飲んで、ソファへ転がる。
 部屋の中は暑くも寒くもないが、洋平は額に汗をかいていた。また耳鳴りがする。目を閉じて、先ほど見たブルーグラスグッピーを思い出した。

 体が揺れる感覚に目を開けると、ちょうどベッドへ寝かされるところだった。洋平はうっすら開けた目をすぐに閉じる。スーツ姿の総一郎が、クローゼットのほうへ向かう。こっそり目を開くと、彼は衣服の中から、通気性のいい、動きやすそうなTシャツを選び、こちらへ戻ってきた。
 総一郎の小さな息遣いが聞こえる。彼は大事なものを扱うように、洋平の体を起こし、支えながら、汗で濡れたシャツを脱がせた。そして、新しいものを着せてくれる。
 額に冷たいタオルを当てられ、枕の下にも氷のうが置かれた。気持ちいい、と思ったが、洋平は寝ているふりを続ける。


16 18

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -