ゆらゆら22/i | ナノ


ゆらゆら22/i

 意識の浮上は唐突だった。孝巳は寝苦しさに目を覚まし、体中の痛みと熱に顔を歪めた。風邪を引いた時はたいてい、母親が世話をしてくれる。明かりをつけていない部屋の中で、心細さを感じながら、孝巳はゆっくりベッドを下りた。
 アナルの痛みに深く呼吸を繰り返し、扉を開けて廊下へ出る。まぶしい光に目を細め、階段の手すりを握った。その時になって初めて、包帯が巻かれていることに気づいた。頬へ触れるとテープとガーゼの感触がある。孝巳は一段ずつ階段を確かめ、リビングのほうへ歩みを進めた。
「孝巳!」
 母親の高い声は、孝巳に安心を与えた。気を緩め、彼女のことを抱き締めに行く。抱き締め返されて、孝巳は目を閉じた。
「よかった。痛いところはない?」
 孝巳はうるんでいる母親の瞳を見つめ、「全身、痛い」と返した。
「鎮痛剤があるわ。ちょっと待ってて」
 孝巳は父親と二人の兄達からも、そっと抱き締められた。
「悪かったな。最近、あまり時間が合わなかった」
 自分を甘やかしてくれる腕に、孝巳は嗚咽を漏らす。
「本当にひどいことをする人間だ。幸喜君がちゃんと対処してくれるから、おまえは安心して過ごしなさい」
 孝巳はとまった涙を拭いもせず、父親を見上げる。
「同棲する話も賛成だ。孝巳まで家を出るのは寂しいが、おまえだって好きな人のそばにいたいだろう?」
 頷かない孝巳を訝しむように父親がのぞき込んでくる。孝巳は視線を俊彦と裕二へ動かした。二人も不思議そうにこちらを見ている。孝巳は小さく口を開いた。
「俺……」
 鎮痛剤を手にしている母親も、孝巳に注目していた。孝巳は動悸を感じ、大きく息を吸い込む。
「俺、困ってる」
 助けを求めるように、俊彦を見た。彼はほほ笑んで頷き返す。
「分かってる」
 表沙汰にはできないが、幸喜から早急に手を打ってもらおう、と三人が話し合う。分かってなどいない。何があったのか、言わなければ、分かってもらえない。孝巳は拳を握り、大きな声を出した。
「待って!」
 母親が、「どうしたの、大きな声を出して」と肩へ触れた。孝巳はいちばん視線を合わせやすい彼女を見つめる。
「幸喜だから」
「何?」
 幸喜の瞳を思い出した。穏やかな彼が、自分を殴り、無理やり犯した。彼の姿はないにもかかわらず、孝巳は彼の冷たく自分を見下ろす瞳に、身動きが取れなくなりそうだった。
「幸喜が、やった。俺、嫌って言ったけど、無理やり……」
 続かなかったのは、母親の表情が変化したからだ。すぐ目の前にいる父親も、兄達も、同じ顔をしている。その感情が何か、孝巳には一瞬で理解できた。
「……信じて」
 重い沈黙の後、孝巳はかすれた声で言った。最初に口を開いたのは俊彦だ。
「確かに、幸喜は嫉妬深いところもあるけど、おまえに暴力を振るうなんて、信じられない」
 では、自分が嘘をついていると思っているのか、と口にしたかった。できなかったのは、父親も同じことを言ったからだ。幸喜とは家族ぐるみの付き合いであり、誰もが、彼を好青年だと思っている。孝巳でさえ、こんなことになる前は、彼が激高したところを見たことがなかった。



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