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walou1

 中の海と呼ばれる湿地帯から様々な薬草を採取し、持ち帰るイゾヴァの商隊を見て、イハブは塩と銀貨の入った袋を手にそちらへ向かう。都にはイハブが学んでいるハキームの家以外に、三つ家で自由医師が働いていた。自由医師達は東方の国で医術を学んで来た賢明な者ばかりで、イハブはその中で最も秀でていると言われるハキームに見出された。
 イハブはエレビ海から北上して塩や魚介類を売り歩く行商人の一族に生まれた。タレブと呼ばれる賊に襲われ、大きな傷を負いながらもこの都に辿り着き、ハキームに命を救われた。
 イゾヴァの商人は独特の抑揚で話すが、行商人の一族であったイハブにとって、いくつかの難しい方言を習得するのは、造作もないことだった。イゾヴァの人間はたいてい黒い布で頭まで覆い、口元にもその布が垂れ下がっていて、ぶつぶつと話す。
 睦言のようだ、と彼らの抑揚で言えば、風で穂を揺らすような笑い声が聞こえた。イハブの姿を認めると、イゾヴァの長が自ら相手をしてくれる。彼は湿地帯の危険な場所から得た水草を乾燥させたものを袋から取り出した。
「珍しい。アミラミの草?」
 イゾヴァの長は陽に照らされた明るいハシバミ色の目を細める。
「それ、今度、乾燥していない状態で手に入るかな? アーバの葉より、火傷に効きそうだ」
 イゾヴァの長は二度頷く。二度の頷きは約束したという言葉に相当する。イハブは笑みを浮かべ、ハキームに頼まれている薬草の名を順番に伝えた。

 昼食の休憩は二時間ほどある。緊急の患者がない限り、イハブはハキームの家族とともに食事をしていた。ハキームには三人の妻がおり、そのうち最も高齢な妻の作る昼食を、イハブは楽しみにしていた。彼女の焼く小麦パンと羊の肉はバジルとコショウが効いていておいしいからだ。
 熱い茶の中へ砂糖を入れ、イハブはハキームと席に着いていた。女性達が昼食の準備をしている様子を眺めながら、イハブはアミラミの草が生で手に入ることを報告する。
「そりゃ、ありがたい。おまえは本当にイゾヴァの長に気に入られているな」
 ハキームは顎から伸びたヒゲを擦る。
「薬草店のほうも、おまえに任せてから利益が上がっている」
 出来立ての薄い小麦パンと香辛料のペースト、羊の肉が並んでいく。ハキームの娘が一枚手に取り、ペーストを塗り、羊の肉を挟んだ。手際よく作り、ハキームとイハブの前に置いてくれる。
「まぁ、利益がすべてではないが、金があれば、より高価な薬草が手に入るからなぁ」
 ハキームは腕の確かな自由医師であり、人格者でもある。奴隷医師のような金持ちの家にだけ仕え、給金を得る者達とは異なる。今まさに柔らかな羊の肉が挟んである小麦パンをかじろうとしている時に、患者が来ても、彼は鷹揚に頷き、立ち上がる。
 手伝いの男が、「ハキーム、だけど、おまえさんのところに来たのは、ヴァイスだ」と言った。北の奴隷を意味するヴァイスは、肌の色が恐ろしく白い。瞳もイハブの知るエレビ海より澄んだ青や、生の薬草に多い緑をしていた。初めて彼らを目にしたのは、都に来てからだが、その色の白さに驚いたことを覚えている。
 ヴァイスを診療する医師は、この都ではハキームだけだ。ハキームはヴァイスだと聞いても、食事をやめ、手を洗い、診療所のほうへ回る。イハブも食べずに、彼の後を追う。イハブは彼を心から尊敬していた。
 奴隷の売買は今でもある。彼らの売買が盛んだったのは、現皇帝マムーンが前皇帝崩御の後、今の座に着いた頃だ。ヴァイスは奴隷の中では、体が弱く、重労働には向かない。北の極めて雪の多い土地に住んでいたが、マムーンが軍隊を侵攻させた。
 労働に向かないヴァイスはもっぱら、性奴隷として搾取されている。妊娠を避けるため、ヴァイスの女は強い薬草を飲まされたり、あるいはアナルを使われた。だが、女性は弱く、長く生きられないことが分かると、今度はヴァイスの男を使うようになった。
 イハブはヴァイスを始めとする奴隷達について、自分の意見を誰かに話したことはない。間近で彼らが痛めつけられているところに出くわしても、ただ背を向けて去るだけだった。

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