ゆらゆら24 | ナノ





ゆらゆら24

 重低音から来る吐き気をこらえるために、孝巳はカウンターでアルコール度数の高いカクテルばかりを飲んでいた。今井がいるから、潰れても彼の家へ泊めてもらえると踏んで、感情の不快さを押し流すように飲み干していく。
「……ねむたい」
 隣に座っていた今井に寄りかかり、孝巳はその肩へ顔を寄せる。
「ひどい顔だな」
 ガーゼとテープは目立つから、と中へ入る前に外していた。切れたくちびるの端と青アザになった頬を見た今井は、「痛そう」と視線をそらしていた。甘い香りが漂う彼の香水ではなく、スパイシーな香りがする。
「ここまでするとは予想外だった」
 独白した彼は、労わるように腰を抱いてきた。眠気を振り払うように、目を擦り、寄りかかる相手を見上げる。赤いサイレンのような光が音ともに点滅を始めた。よく見えないが、今井ではないことは確かだ。
「だれ?」
 口をふさいだ相手のくちびるからミントの香りがした。負担をかけないように、と体ごと抱えられる。ふわふわとした心地だった。右腹あたりに、彼の熱が当たる。早く、と自分の中に声が響いた。意味が分からず、もう少しだけ、と目を閉じ続ける。居心地のいい場所だと思った。

 多少、大きく寝返りを打っても落ちないベッドのはずだ。孝巳は端のほうで落ちそうになった足に気づき、目を開ける。見覚えのある部屋だった。窓がなく、階段の下にシャワールームがある。
「ここ……」
 起き上がった時、頭に痛みが走った。自分の息がアルコール臭いことに気づき、もう一度、ゆっくりとベッドへ沈む。今井とクラブに行ったところで、記憶が途絶えていた。視線の先にある音楽プレーヤーへ手を伸ばす。再生を押すと、室内から音が漏れた。
「本当にごめんなさい。私達があの子を甘やかし過ぎたのね」
 母親の声で始まった会話に、孝巳の体は強張る。昨夜の家での出来事を思い出したからだ。孝巳は音楽プレーヤーを落とした。幸喜の声が入っていたからだ。
「いえ、俺の力不足です。茅野は……面倒な連中と付き合いがあるようですが、必ず孝巳は取り返します」
 強い口調で言う幸喜は、以前の彼を薄れさせる。
「きちんと教えれば、孝巳は自分が間違えていると気づくはずですから」
 孝巳は毛布を握り、幸喜の言葉に怯えた。現状がどうなっているのか、分からないが、幸喜には会いたくなかった。毛布を握り締めたまま、しばらく天井を見つめる。母親の謝罪から、家族が幸喜を信じたのは明らかだ。自分の言葉ではなく、彼を信じた。
 孝巳は毛布にくるまり、目を閉じる。今井に電話して、クラブへ行った。いつの間にか彼はいなくなり、自分はここにいる。
 鍵が開き、人の気配がした。孝巳は、ささやくような小さな声で、「買収でもしたんですか?」と聞いた。彼はベッドを回り込み、孝巳に見える位置へトレイを置く。そこに並んでいたのは、孝巳が毎朝口にするクロワッサンを二つと、ヨーグルトだった。
「友達にも裏切られたな。まだ家に帰りたいか?」
 ここで楽な道を選んでも、責める人間はいない。揺れ動く意志の間でさまよう孝巳に、彼は孝巳が欲しい言葉をかけた。
「俺はおまえのその弱さも好ましいと思っている。それに、おまえが自己主張できないのは、あの家族のせいだ」
 ここにいたら、堕落する。だが、ここでは痛い思いをしなくていい。髪へ触れる彼の手を取り、指先を絡めた。ほほ笑んだ彼が、あやすように体を抱き、背中をなで始める。
 彼の肩越しに部屋全体が見える。窓のない部屋で燃えるろうそくは、いつか酸素を使い果たして消えるのだろうか。孝巳は自分が窒息していく様を思い浮かべ、息を止めた。背中をなでていた彼の手が、頬を滑る。彼は孝巳のくちびるへキスをして、舌で口内をなめた。
 ずっと息を止めていることはできない。窒息しそうになったら、彼がキスをしてくれるのだろうか。
「……かや、の、さん」
 孝巳はそっと彼の背中へ腕を回した。耳朶をくちびるで食む彼が、満ち足りた笑みを浮かべる。だが、孝巳がその表情を見ることは叶わなかった。



【終】


23 番外編1(本編後・一成視点)

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