ゆらゆら21 | ナノ





ゆらゆら21

 孝巳は右手の甲でくちびるの端を拭う。どうしているのか、という疑問より、どうしたら話をせず自分の部屋まで直行できるのかを考えた。体が震えるのは寒さと、まだ体内に残っているアルコールのせいだ。
「孝巳、おまえ、どうした? 何が……」
 そう言ったのは俊彦ではなく、幸喜だった。驚愕と不安で揺れ、大きくなった瞳に、孝巳こそが驚く。
「誰がこんなこと」
 続いた言葉に、孝巳は完全に動けなくなった。幸喜の柔らかなブラウンの瞳から逃れられない。涙は恐怖のために流れたのに、幸喜の腕の中に閉じ込められた孝巳を、俊彦が安堵の表情で見ていた。
「任せる」
 俊彦は小さな声で幸喜へ告げて、玄関から奥へと入ってしまう。孝巳はかすれた声で兄を呼んだ。その口元に幸喜の長い指が当たる。
「少しも反省してないよね?」
 頬ずりするように寄せられた口から、冷たい声が響く。傷ついた体を抱き締める腕に力がこもり、孝巳は小さく声を上げた。
「俺は絶対に別れない。どんなにおまえを愛してるか、教えてやる」
 嫌だ、という言葉は喉で意味のない音へ変わる。孝巳は今まで、自分の意見を聞かれたことはなかった。何かする前に、両親や兄達が準備し、あらかじめ与えられたものを受け取るだけだった。
 そして、それが不快なものではなかったため、拒否したことがなかった。
「こ、こう、き」
 待ち望んだ自分のベッドの上で、孝巳は初めて、「嫌だ」と明確に口にした。かつては優しく自分を見つめていた瞳が、ゆっくりと細くなる。
「そこに座って」
 ベッドの下を示され、孝巳は戸惑う。体を横にするのも辛い状態で、フローリングの床へ座れというのは、酷だった。だが、従わなければ、何をされるか分からない。両ひざをつき、正座すると、足を開いた彼は、かすかにたち上がっているペニスを取り出した。
 言葉がなくても、何をしなければいけないのか分かる。手を伸ばすと、その手を取られた。
「口でして」
 されることはあっても、したことはない。まして強要されたことはもちろんなかった。孝巳が幸喜を見上げると、彼は無表情でこちらを見下ろしている。それは汚れたものを見つめる視線に似ていた。もう許してもらえない。そう思うと、勝手に涙があふれてくる。
「ご、ごめ、こう、ごめっ」
 幸喜を別人に変えてしまったのは、自分だ。一成に犯された後、すぐ彼に助けを求めなかった。そして、何より、罪悪感を深くしているのは、一成との行為が幸喜との行為よりも気持ちいいことだった。
 大きな手が孝巳の後頭部を押さえ、口の中へ無理やりペニスを入れられる。切れていたくちびるの端に痛みがあったものの、孝巳は我慢した。これで許してもらえるなら、それでいいと考えた。悪いのは自分だ。あふれた涙は、目を閉じると、頬を流れた。
 舌を動かし、噛まないようにペニスを愛撫する。大きく脈打つそれから出た液体を飲み込めず、唾液とともに垂れ流した。孝巳は服の袖口で口を拭い、ぼやけた視界を幸喜へ向けた。涙や鼻水が服と床を汚していく。
 体を引かれ、ベッドへ転がった。幸喜は今までと変わらない笑みを見せる。くちびるをなぞるように舌が動いた。ポケットから取り出したハンカチが口の中へ突っ込まれる。
「っう、ぅぶっむ」
 愛してる、と幸喜はささやいた。孝巳は焼かれるような痛みに、うめき声を上げる。歪む視界を閉じ、ひたすら終わるのを待ち続ける。困ったことがあったら、相談して、と言った俊彦の声が聞こえた。家族は自分を助けてくれる。孝巳は、「もう大丈夫だ」と言われる瞬間を想像して、意識を手放した。


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