ゆらゆら19 | ナノ





ゆらゆら19

 スペアキーを渡すと言っていた日から、そんなに経っていない。実際にはまだスペアキーをもらっていなかった。孝巳は扉の前で立ちつくしたまま、幸喜の帰りを待つ。迎えにいくと言われたが、孝巳は十二月の寒空の下、彼の帰りを待つことを選んだ。
 自分は何も間違ったことをしていない、と思っている。だが、こうして震えながら待つのはある意味、自分へ対する罰だった。幸喜のような理想の恋人がいるにもかかわらず、他へ体を許してしまった。今はもう無理やりだったと言っても、信じてくれる気がしない。
 一成はどうしてあんなに自信にあふれているのかと考えた。普通は、相手のことを無理やり犯しておいて、おまえは俺を選ぶなんて言えない。彼が自分のどこを気に入ったのかも気になる。
 兄達と比べると、孝巳は大人しく、主導権を握るタイプではなかった。大事に育てられたことは、周囲に言われなくても分かっている。
「孝巳」
 エレベーターから出て、こちらへ歩いてくる幸喜は、少し疲れているように見えた。いつもなら、愛想笑いでもほほ笑みを見せてくれるのに、今夜は硬い表情のままだ。
「寒いだろう? 中に入って待ってれば……そうか、まだスペアキー、渡してなかったね」
 孝巳は頷き、幸喜へ続いて中へ入る。
「ごめん、全然連絡できなくて」
 孝巳の言葉に、幸喜は手にしていた鞄をソファへ置き、振り返る。
「今まで一日だって、連絡が取れない日なんてなかったのに」
 ごめん、としか言えなかった。その理由を正直に話そうと思い、孝巳はソファへ腰かける。
「茅野さんといたんだろう?」
 先に言われて、顔を上げた。俊彦が話したのだろうか。驚いていると、彼は携帯電話の画面をこちらへ向ける。
「あ……」
 再生されたのは、孝巳と一成が絡み合っている姿だった。初めから見ていたなら、孝巳が抵抗していたことは分かるが、幸喜へ送られているデータは、編集済のようだ。自分の嬌声は、どう聞いても感じているようにしか聞こえない。
「幸喜、それはっ」
 言いかけた言葉は続かなかった。頬を叩かれたからだ。右手で頬を押さえて、にじむ視界の先にいる幸喜を見つめる。信じてもらえない、と思った。それが悲しくて、余計に涙があふれる。だが、傷ついているのは自分だけではなかった。
「俺は、一度も孝巳以外を見たことなんてない」
 互いの家族の間でも公認の仲であり、幸喜に結婚の話はなかったが、兄達から彼の人気は聞いている。すべての告白を断ってきたのは、自分の存在があったからだ。
「こっ」
 立ち上がったところで、もう一度、平手で叩かれた。
「こうきっ」
 胸ぐらをつかまれ、床へと押し倒される。幸喜は罵ることなく、ただ歯を食いしばるような表情で、孝巳の頬を殴打した。
「っこ、ぅ、あ」
 やめて、と言う前に往復する手が、平手から拳に代わり、涙と血で濡れていく。夢だと思った。幸喜は暴力を振るうような人間ではない。抵抗しようと掲げた手を手首ごとつかまれ、床へ叩きつけられる。痛みの感覚はそれが現実だと教えてくれた。
 幸喜は孝巳の着ていた服をまくり上げ、パンツのボタンを引きちぎるように引っ張る。
「こう、き、まっ、おれ、なにも……」
 悪いことはしていない、と言いたかった。信じてもらえなくても、自分は幸喜を愛しているのだと分かって欲しかった。


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