ゆらゆら18 | ナノ





ゆらゆら18

「孝巳、孝巳!」
 鍵をかけた扉を叩く音が聞こえる。家族のことを疎ましく感じたことなどなかったが、今は別だ。自分自身もまだ混乱しているのに、誰かにその混乱状況を話すなんてできそうにない。毛布にくるまり、目を閉じた。
「孝巳、ちゃんと話をしよう? 扉を開けてくれ」
 俊彦の呼びかけは続いたものの、携帯電話が鳴ると、彼は扉の前から去ったようだった。おそらく会社からだろう。兄から見れば、自分は浮気をした人間になるのだろうか。それが大多数の見方のような気がして、毛布で頭も覆う。
 一成との関係は望んでいなかった、と言えば、どうなるだろう。彼に脅されたから、悪いのは彼だけで、自分に落ち度はない。だが、今、生じている罪悪感は、自分にも非があったと思っているからこそ、生じているものだ。
 ノックの後、俊彦が会社へ戻るから、と伝えてくる。孝巳は返事をすることなく、しばらくの間、天井を見つめた。なるべく早く、幸喜へ話して、誤解されないようにしなければ、と思う。
 あの時、一成が幸喜へ送ろうとした動画を止めたのは、幸喜に勘違いされたくなかったからで、彼を信頼していないわけではない。幸喜はいつも穏やかで、怒鳴ったり、取り乱したりするような人間でなかった。一度の過ちは、きっと許してくれる。
 孝巳は祈るように目を閉じた。

 髪をなでる手に気づき、視線を向ける。俊彦がベッドの端に座り、こちらを見ていた。
「……おかえり」
「ただいま」
 俊彦はスーツを着ているが、ネクタイはしていない。
「昼、こっちに戻ってたんだね」
 上半身を起こし、ナイトチェストの上にあったミネラルウォーターのペットボトルを手にする。俊彦が隣に伏せた状態で置いてあるグラスを差し出してくれた。
「ありがとう」
 孝巳が一口飲むと、俊彦は軽く溜息をつく。チェストの上に置いていたマスターキーを手でもであそびながら、「心配するだろ」と彼は言った。
「返事もしないで、鍵をかけるなんて」
 何があった、と訴えてくる瞳から逃れ、孝巳は毛布へ視線を落とす。
「今井君のところに泊まってたんじゃないのか?」
 そういうことになっているのか、と孝巳はあいまいに頷く。
「でも、あの車は今井君のじゃないだろう?」
「……茅野さん」
 孝巳は小さな声で続ける。
「帰る途中、会って、家まで送ってもらった」
 俊彦の溜息が大きく深いものへと変わる。
「キスの相手は茅野さんか……」
 孝巳が最初から話すかどうか迷っていると、俊彦の手が肩へ触れた。
「孝巳、幸喜と別れるのか?」
 首を横に振ると、「茅野さんとは?」と尋ねられる。一成は引かないだろう。今後も関係は続く。それを断れない自分がいる。彼に嫌悪や恐怖を抱けないのは、つまるところ、彼との行為を望んでいるからだ。幸喜とは得られない快感を覚えてしまった。
「二人同時には付き合えないし、孝巳は感じていないかもしれないけど、幸喜は意外と嫉妬深いよ」
 苦笑した俊彦が、そっと肩を抱いてくれる。
「困ったことがあったら、俺か裕二に必ず相談すること」
「……うん」
「本当に大丈夫か?」
「うん」
 孝巳は携帯電話を手にする。
「幸喜に電話する」
「分かった」
 俊彦が部屋から出た後、孝巳はリダイヤルボタンから幸喜へ電話をかけた。


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