falling down 番外編9/i | ナノ


falling down番外編9/i

 いつも制服をきちんと着ていた。えんじ色のネクタイは曲がることなく、まっすぐ形よく結ばれていた。
「トミー」
 笑みを含んだ声に顔を上げると、「緩すぎるだろ?」と胸元へ彼の指先が伸びてくる。その彼の指先には、小さな桜色の爪が見えた。美化し過ぎている。だから、これは夢だと思った。ネクタイを結び直した彼は、首を傾げながら、「次はラテン語?」と聞いてくる。返事をしたら、夢が覚める。
「トミー?」
 抱きたい、と衝動に駆られた手を伸ばす。次の瞬間、トミーは彼を押し倒していた。彼の声が響いてくる。拒絶の声だ。
 トミーは右手を握り締めた。握り締めたのは毛布で、夢だと分かり、息を吐く。夢の中でまでトビアスのことを犯したくはなかった。
 あの時の礼拝堂での出来事は、いまだに目を閉じればすぐに思い出せる。どうかしていた、と言っても誰も信じてくれないだろう。トミーは嫌がっていたトビアスを無理やり犯した。礼拝堂に彼を放置して逃げ、彼を犯したことは、ジョシュアが尋ねるまで誰にも話さなかった。
 トミーは濡れている下着を脱ぐ。夢の中にトビアスが出てくるだけで、トミーの体は熱くなり、絶頂を迎えていた。情けなくて涙が出る。彼と心を通い合わせて抱いたわけでもないのに、自分の心も体もいまだに彼を求め続けている。

 ノースフォレスト校を卒業し、大学へ進んでから、異性と触れ合う機会が多くなった。何度か異性と遊んだり、同性で同じ嗜好の相手を見つけて、寝てみたりしたが、いずれも一度限りで終わった。
 ノースフォレスト校では飛び級をして、天才だとまで言われたにもかかわらず、大学で勉強し始めてからは、少しも身が入らなかった。ジョシュアがここを訪れた時に、あの夜、トビアスに起きていた出来事を教えてもらった。トミー自身、同い年の生徒達からは浮いていたが、それは成績と飛び級によるもので、制裁を受けるほど仲間達から除外されていたわけではなかった。
 トビアスが制裁を受けていると薄々、感じていたことはある。その制裁が身体的暴行に留まらなかったと知り、心の底から後悔した。自分がしたことは一度限りのものだが、許されるわけがなかった。
 ジョシュアから話を聞いた後、トミーは礼拝堂での出来事を告白した。本当は誰かに話して、責められたかった。ジョシュアは話を聞き終えた後、思いきり殴ってくれた。それでも足りないと今でも思っている。

 夏季休暇明けに廊下でトビアスと視線が合った。休暇中からレアンドロスとの色々な噂を聞いていたトミーは、よそよそしい態度で視線をそらす。目の端に何か言いたそうな彼の姿が映ったが、背中を向けて、反対方向へ歩いた。
 トミーはもちろん怒っていた。トビアスだけではなく、とつぜん横から現れて、トビアスを仲間に入れようとするレアンドロスにも怒っていた。トビアスを先に好きになったのは自分のはずなのに、彼はこの気持ちに気づいてくれない。
 何度か、トビアス本人に、「やっぱり母親と同じだ」と言ってやろうかと思ったことがある。思わせぶりな態度で自分の興味を引いたくせに、金を持っている奴のほうを選んだ、と罵ろうと考えた。できなかったのは、彼が傷つくと分かっていたからだ。彼の置かれている状況をいちばん理解しているのは自分だという自信があった。
 トビアスが、卑屈な考えを持つような人間だったら、皆はもっと受け入れやすかったのかもしれない。だが、彼は高潔だった。精神が見た目の美しさを表しているのではないかと思うほど、打たれ強いのに繊細な気づかいを兼ね備えていた。
 声をかけようとするトビアスを無視した時、彼のブラウンの瞳がにじんでいた。トミーはその時、得体の知れない感情を知った。以前なら、彼を泣かせるなんて考えられなかったのに、連日、レアンドロス達といる姿を見た後では、いい気味だと思った。


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