falling down 番外編6/i | ナノ


falling down番外編6/i

 アシュトンに頼んでおいた老舗メーカーのチョコレートを持ち、ミルトスはカティエスト方面へ向かっていた。冬期休暇の間は、アシュトンを実家へ帰らせている。彼から、「王妃様にですか?」と聞かれ、ミルトスは否定した。
 母親はチョコレートなど食べない。彼女は甘い物で太ると信じていた。もっとも、このチョコレートがレアンドロスからのものであれば、受け取るかもしれない。ミルトスはスモークフィルムのはられた窓から、雪景色をぼんやりと眺めた。
 ノースフォレスト校での寄宿舎生活も、あと少しで終わる。ミルトスもフェレド大学へ進む予定だが、早くから専攻を決めていたレアンドロスとは異なり、特に学びたい分野があるわけではなかった。何を学んでも、将来は自らが望んだ通りになる。
 兄が恋愛にのめり込んでいる、と両親から聞かされた時、ミルトスはそれを好機だと考えた。異性ならまだしも、レアンドロスは同性を好きになり、彼に夢中だと言う。諸国の中でもいち早く同性同士の婚姻を認めているイレラント国であっても、王位継承をする立場の人間が生涯の相手に同性を選ぶことは難しい。養子縁組制度も充実しているが、レアンドロスが本気で同性と結婚する気でいるなら、王位継承権は当然ミルトスのものになる。
 十三歳だったとはいえ、トビアスにはひどいことをした。彼の記憶が戻ってから、ようやくきちんとした形で謝罪ができた。それから、夏季と冬季休暇のたびに別荘を訪れている。彼はミルトスが吐いた暴言も殴ったことも、あまり気にしておらず、むしろ、現在のミルトスの立場や環境を心配していた。
 本当に手に入れたかったものは残念ながら、手に入らないと理解した。トビアスの言葉通り、両親の関心はいまだにレアンドロスにある。父親は成績や能力面で兄と同等であると認めてくれて、ミルトスへも少しずつ話をするようになったが、母親は無関心なままだ。
 ミルトスは視線を移し、チョコレートの包みを見つめる。
 病院で手足を拘束されたトビアスを見た時、そのうつろな瞳に寒気がした。詳しい生い立ちまでは知らないが、彼の母親も無関心だったと聞いた。かつて両親からの関心を引きたくて、色々と問題を起こしたこともあった。その衝動がもし外ではなく、内に向かうものだとすれば、トビアスのようになるのではないか、と思った。

 帰りはレアンドロス達がショッピングモールまで送ってくれるため、ミルトスは運転手にショッピングモールで待つように言った。最北地方のカティエストは市内に比べて雪が多い。加えて、この別荘は避暑地用として建てられているため、除雪車が来ず、必然的にレアンドロス達が作業をしている。大人二人で朝夕と除雪しているらしいが、少しでも道をそれると歩きにくいことこの上ない。
 玄関までたどり着いたミルトスは、二重扉の外扉にかかっているベルを揺らした。外扉は鍵がかかっていないため、中へ入る。
「よく来たな」
 内扉を開けたレアンドロスが、大きな体で抱き締めてくる。ミルトスも抱き締め返した。兄は百九十センチ近くあり、大学付近ではモデルにならないかと声をかけられるらしい。たいてい、彼のことをよく見つめた後、エストランデス家の長男だと認識して謝られると言っていた。ミルトスも百八十五センチに届きそうだが、何となくこれ以上は成長しない気がした。
 内扉が開いた瞬間から漂っていた香りに、腹の虫が鳴り始める。
「ミルトス」
 エプロンをしたままのトビアスがやって来た。彼も大きく腕を広げて抱き締めてくれる。兄と比べると、とても小さく見える。初めて出会った時は彼のほうが少し高かった。今では十センチほど上から彼を見下ろしている。
「鹿肉のグラーシュを作ってるんだ」
 腹の音を聞いて、トビアスが笑いながら言った。ありきたりの言葉だが、ミルトスはまだトビアスほどきれいな同性を見たことがない。出会った頃は多少、澄ました感じがあった。休暇の時にしか会わないものの、記憶を取り戻して以降、彼は柔和になったと思う。
 ブーツを脱ぎ、足元へ出された室内用の靴へ履き替えた後、ミルトスはチョコレートを渡した。満面の笑みを浮かべたトビアスは礼を言い、もう一度、抱き締めてくれる。踵を返し、リビングへ進む彼のうしろ姿を見た。細いウェストやおそらく自分の半分ほどしかない小さな尻を自然と追う。
 もともとそうなのか、ノースフォレスト校の雰囲気に飲まれたのか、あるいはバイセクシュアルの可能性もあるが、レアンドロスはトビアスに夢中だ。ミルトスは最近になって、夢中になる理由が分かってきた。彼には容姿だけではなく、人を魅きつける力がある。
 もし、トビアスが異性だったら、ミルトスも確実に恋をしていた。だが、魅きつけられるという点では、すでに魅了されている。彼の好物であるチョコレートを用意してくるのは、あの笑みを見られるからだ。
「どこ見てる?」
「尻、ちっちゃいなぁ」
 トビアスを追いかけてキッチンへ入ろうとしたら、うしろからレアンドロスに肩をつかまれた。
「ビー、俺は弟に大事な話があるから、料理ができたら呼んでくれ」
「誤解だって!」
 振り返ったトビアスは要領を得ない様子だったが、「分かった」と、あの笑みを見せてくれる。ミルトスの気分は高揚したものの、この後、兄の部屋で嫉妬という醜い気持ちをぶつけられることは予想できる。気分は一気に下降した。


番外編5 番外編7(本編から約3年後/トビアス視点)

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