falling down 番外編4/i | ナノ


falling down番外編4/i

 大学近くの家は互いの部屋とダイニングキッチンだけの学生向けの部屋だ。レアンドロスは購入した食材をキッチンへ運んだ。
「ありがとう」
 トビアスは少し袖を上げて、夕食の準備に取りかかる。別荘にいる間は凝った料理も作る彼だが、大学がある間は手間のかからないものを作っていた。彼はてきぱきと、オーブンで焼くだけのキッシュと付け合わせのポテトを皿へ移し、サラダへドレッシングをかける。
「レア」
 向かいに座っているトビアスが、ポテトをフォークで突き刺す。
「この間、また告白された?」
 トビアスはポテトにマヨネーズをつけて食べる。口の端についたマヨネーズを舌でなめる仕草に思わず手が伸びた。彼は手を払うことなく、頬へ触れさせる。レアンドロスだけではなく、トビアスもほかの学生から誘いを受けることがあるらしい。互いに信頼しきっているため、そういったことを耳にしても、疑うことはない。
「あぁ」
 手を戻し、キッシュを口へ運ぶ。告白されても、いちいち報告しない。断ることが当然と思っているからだ。フォークを置いたトビアスが顔を上げた。泣きそうな表情をしている。レアンドロスはすぐに席を立ち、彼のそばへひざまずいた。
「どうした?」
 トビアスは首を横に振る。
「何でもない。俺、馬鹿だな……レアの気持ち、疑ってた」
 にじんだ涙を自分で拭い、トビアスはミネラルウォーターを飲んだ。
「進路のこととかで、ちょっと余裕がなくて……」
 レアンドロスは彼の手を握り、頷いて先を促す。
「俺の存在が、負担になってるって感じて」
「そんなことはない」
 すぐに否定すると、トビアスは苦笑する。
「あなたに子どもは生めないって言われたんだ。だから、学生の間の、一時的な関係なら認めるって。その後も今の関係を続けたいなら、愛人としてならって……ずっと気にしないようにしてたけど、レアに告白した人から同じこと、言われた」
 レアンドロスは祖母から聞いた母親の暴言を許すつもりはなかった。時間が経ってもまだ、こんなにもトビアスを傷つけている。嗚咽を殺して泣き始めたトビアスを抱き締め、レアンドロスは彼を寝室へ運んだ。
「ビー」
 夜は一緒に眠っているが、試験前は勉強に集中できるように、部屋はそれぞれ別にしている。毛布を被せてから、レアンドロスも隣へ横になり、背中をなでた。最近は突発的に泣くことはなくなっていた。それだけ精神状態も安定していると考えていた。彼がどんな道を選択しても応援しようと思っているが、本当は別荘に閉じ込めておきたかった。
 腕の中で眠り始めたトビアスを起こさないように、レアンドロスはベッドから下りた。ほの暗いシェードランプは消さない。勉強机の横にはゴミ箱が置いてある。レアンドロスはゴミ箱からはみ出している雑誌を、そっと引っ張った。トビアスが決して読むことのない下品な雑誌だ。
 表紙に記載された日付を見て、レアンドロスは血の気が引いた。そこにはまだトビアスが記憶をなくしていた頃に、彼の母親が自らタブロイド誌へ売った嘘の情報が面白おかしく書かれている。学校名までは出していないものの、トビアスが退学に至るまでの内容を、さも彼の乱れた寄宿舎生活が要因だと言いたげに修飾されている。その彼が目をつけたのは某国の王子で、愛人生活をしていると結ばれていた。
 初めて見た時も怒りで震えたが、今も怒りから雑誌を握り潰し、涙を流した。レアンドロスはぐっと口元を押さえる。嗚咽を漏らせば、トビアスが起きてしまうかもしれない。だが、この部屋を出ようとは思わなかった。小さな寝息を立てて眠っている彼を見て、レアンドロスは拳を握る。
 トビアスがこの数年、どんなに必死に頑張ってきたか、知りもしないで、と悔しさでいっぱいになった。同時にそれは自分への怒りでもある。こんなものをトビアスの手に渡されてしまうほど、彼の周囲への警戒を怠っていた。彼を傷つけるすべてを消したいと思った。涙の痕を残す頬へ手を伸ばす。彼の母親は事故死した。彼もそれを信じている。
 これから先も、トビアスにとって害になる人間を消すのか、と自問した。大口を叩いてエストランデス家を出たのに、家の力を使った。レアンドロスはひざをついた。王族に生まれて、何不自由なく育てられた。それなのに、自分一人の力では彼を助けられない。だから、早く自立したかった。自分の力で彼を守りたかった。
「ビー、……トビアス」
 トビアスを起こさないように、小さな声で彼の名前を呼び、右頬へキスをする。彼を閉じ込めてしまいたい。それがわがままだと分かっていても、レアンドロスはもう彼に傷ついて欲しくなかった。


番外編3 番外編5

falling down top

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -