falling down 番外編2/i | ナノ


falling down番外編2/i

 アイスクリームは口の中ですぐに溶けた。ダークグリーンの七分丈のパンツに、薄いピンクのシャツを着ているトビアスは、リクライニングソファへうつ伏せになり、アイスクリームを食べている。二十一歳になっても、容姿は出会った時とほとんど変わっていない。
 トビアスは体毛が薄いことを気にしており、「もし、将来はげても、一緒にいてくれる?」と聞かれたことがあった。その時、レアンドロスは声を立てて笑いそうになったが、本人はとても真面目に聞いてきたので、笑いをこらえて返事をした。日焼けしていないふくらはぎへ触れ、そのまま踵まで手を滑らせる。
「くすぐったい」
 トビアスはこちらを振り返り、足をかすかに揺らした。セックスは週一回と決めている。トビアスは平気だと言い張るものの、身長差は二十センチ以上あり、精神的な負担も考えると、今の頻度で十分だと思っている。それに、レアンドロスはただじゃれ合うだけの行為も好きだった。
 ふくらはぎをマッサージしてやりながら、トビアスへ視線を移す。アイスクリームを食べ終わった彼は、庭のほうを見ていた。時おり、強く吹く風が、彼のやわらかい癖毛を揺らす。

 インターンシップは特にいつからという決まりはない。レアンドロスは修士まで進もうと考えているから、大学卒業は早くてもまだ三年ほどは先の話だ。だが、人脈を作ろうと思い、インターン先へは今秋から半年間で応募している。修士課程を終えたら就職して、トビアスを養う。それが今の目標だ。
 エストランデス家の中で、自分達の仲を認めてくれたのは、祖母とミルトスだけだった。トビアスの強い希望で、彼の口座にあった金はすべてエストランデス家へ返した。その後、祖母の計らいで家族とともに食事をする機会があった。あの時、トビアスは見ているこちらが辛くなるほど、小さくなっていた。
 本当は自分の家族が、トビアスの新しい家族になれると信じていた。今思えば、自分が甘かっただけだ。期待され続け、それにこたえてきたレアンドロスは、両親は自分が選んだ相手を受け入れてくれるという自負があった。自分の両親が偏見を持っていると考えたことはなかった。
 二十歳になったら、結婚しようと決めていた。だが、いまだに婚約しただけの状態だ。あの食事会が原因だった。
「学生の間の結婚は許さない」
 父親にそう言われても、レアンドロスは彼の許可などいらないと言い返そうとした。トビアスがそれを制して、学生の間は結婚しない、と約束してしまった。確かに祖母から仕送りをもらっている状態では、自立しているとは言えず、家を捨てたと主張しても、結局、レアンドロスもエストランデス家の人間のままだった。
 レアンドロス自身、よく理解しているつもりだ。インターン先のカティエスト地熱開発研究所が、書類に記載された自分の名前を見た時に、選考から落とすわけがない。本当の意味でエストランデス家と縁を切ることはできないだろう。
 食事会の翌週、祖母からの電話で、トビアスが母親と話をしていたことを知った。母親が食事会前に、レストルーム付近で呼び止め、「金銭的なことはどうでもいいから、レアンドロス自身を返して」という主旨の言葉をぶつけていたらしい。祖母が母親をいさめようとすると、トビアスは顔を上げ、謝罪したそうだ。
 謝罪の後、トビアスは、レアンドロスを必要としているから、返すことはできない、と言った。それから、母親がまた暴言を吐いたらしいが、祖母が間に入り、その場は何とかおさまった。

 左右のふくらはぎを揉み、最後に尻へ触れる。肘をついて、ぼんやりとしていたトビアスが振り返り、手を払おうとする。レアンドロスは、彼の手首をつかみ、素早く抱き寄せた。薬指できらきらと輝いている指輪を見つける。彼もそちらを見た。
「……地熱開発研究所、決まるといいね」
 トビアスはレアンドロスを一瞥した後、暑さのせいか、体を離す。アイスティーへ手を伸ばし、一口だけ飲むと、口を開いた。
「俺、どうしようかな……」
 ノースフォレスト校を卒業できなかったトビアスは、フェレド大学への入学条件となる語学試験と学力試験、面接、すべてに合格していた。だが、専門的な言葉が多い講義は、後からレアンドロスの説明が必要になることも多かった。そのため、彼は通常の講義のほかに留学生向けの語学プログラムへも参加していた。
 トビアスは、今では母国語並みにイレラント語を操っている。ただ、プログラムに参加した分だけ、通常講義に出席できなかった。転部について悩んだ時期もあり、いくつか単位が足りないものがある。
 修士まで取るなら、入学してからだいたい六、七年といわれている。トビアスが急ぐ必要はない。だが、彼は何とか自分に追いつこうと必死になっていた。ソファにあぐらをかいた彼は、レアンドロスが読んでいた本を手に取る。
「オーブリー先生に相談してるんだ。先生は、教師、向いてるって言ってくれたけど……」
 ブラウンの瞳がにじむ。レアンドロスはトビアスの手に、手を重ねた。試験に合格した後、トビアスの希望でオーブリーの家を訪ねた。それ以降、彼とは主に手紙で近況を知らせ合っている。トビアスにとって彼は父親のような存在だと思われた。


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