falling down 番外編1/i | ナノ


falling down番外編1/i

 ウッドデッキで涼んでいたレアンドロスは、読み流していた本を手の中から遠ざけた。厚みのある本には、地球物理学というタイトルがついている。エストランデス家の長男であっても、勉強は好きにすればいいと父親から言われ、レアンドロスは早い内から進路を決めていた。
 この付近一帯は地熱発電が盛んであり、観光業も活発化している。今後、もっと効率よく、環境面にも配慮した開発が必要になっていくことは明白だった。母親は物理学なんか勉強しても、役に立たないと言っていた。だが、エストランデス家を捨てた今は、この道を志して本当によかったと思えた。
 秋からのインターン先は、カティエスト地熱開発研究所に応募した。トビアスは一時期、教育学部への転部を考えていたようだが、結局、物理学部に留まった。転部はジョシュアに影響されたらしい。ジョシュアは法学部で学んでおり、週末になると非営利団体が運営しているセンターでボランティア活動をしている。
 トビアスは月二回ほど、ジョシュアとともに保護されている子ども達の遊び相手になっていた。オーブリーのような教師になることが夢だった、と教えてくれたこともあり、レアンドロスは、トビアスなら素晴らしい教師になるだろうと思っていた。
 転部に至らなかった理由は、まだ聞いていない。ただ、トビアスは一時期、センターへのボランティアに行かなくなり、しばらくすると、また行くようになった。ジョシュアも詳細は分からないようだが、おそらくトビアスの中で彼の生い立ちや境遇が、センターの子ども達と重なり、知らぬ間にストレスになっていたのかもしれないと言っていた。
 トビアスはいまだに悪夢を見ているのか、うなされることがある。自分の無力さが嫌になってくる。あの時、こうすればよかった、ああすればよかった、という後悔を何度も繰り返した。ノースフォレスト校では、トビアスとの出会い以外にいいことなどなかった。自分の存在が彼を苦しめ、彼を窮地に追いやっていたと理解した後では、特にそう思う。
 エストランデス家から出たことを、トビアスは彼の責任だと感じているようだが、レアンドロスは自分の意思だと伝えていた。昔から、自分が目立つ存在であることは理解している。容姿や家柄と付き合おうとする連中が身近にいた。トビアスには話していないが、一度だけ、校内で暴力沙汰を起こしそうになった。

 ジョシュアによく注意されたのは、ところ構わずトビアスに話しかけるはよくないということだった。最初はまったく意味が理解できず、彼も母親のように家柄で付き合う相手を選べ、と言っているのだと思った。制裁の話を聞いた時も、そんな低俗なことをする人間がここで学べるはずがないと思った。
 ジョシュアの提案でトビアスを仲間に入れて、午後の授業の後もなるべく一緒に過ごすようになった。順調だと思っていた。だが、ジョシュアはまだ制裁を懸念していた。夏季休暇の前に、たまたま通りかかった校舎裏で、トビアスの悪口を聞いた。レアンドロスは最初、悪口程度は仕方ないと思っていた。ところが、その悪口は中傷へと変わり、トビアスの存在すらも否定するようなものへとなった。
 無性に腹が立ち、レアンドロスはジョシュアが止めるのも聞かずに、彼らの前に出た。彼らはとても驚いていたが、すぐに、「全部、本当のことです」と言った。だから、早く目を覚まして欲しい、と続いた言葉に、「トビアスは俺の友人だ」と返した。
「王子だって知ってるでしょう? あいつは本来、ここで学べる存在ではないんですよ? 出自も底辺の底辺。王子達が優しくするから、つけ上がってます」
「そのうち、金を要求しそうだよな?」
「将来は母親と同じだろ? 体売って生活してそう」
 かっとなって拳を振り上げたが、先に生徒の一人が倒れた。ジョシュアが三人いた連中を一人ずつ殴り倒していた。
「下劣にもほどがあります。君達の中の誰一人として、トビアスには敵いません。今度、友達を中傷したら、一発では済みませんから」
 ふだんはジョシュアのほうが穏やかに見えるが、実のところ、彼は激高しやすい性格だった。その後、レアンドロスも彼から怒られた。自分の身分をわきまえて行動しろ、と言われた。確かに、レアンドロスが殴っていたら、色々と面倒なことになっただろう。
 これまで、「王子」と呼ばれることを、あまり気にしていなかった。トビアスはわざと、「王子」と呼ぶ。まるで自分達の間にはしっかりと境界線があるのだと言いたげだった。
 三歳下の弟は、将来、国を治めることが夢だと語っていた。両親が長男である自分を王にしようとしていることは知っているが、もし、ミルトスに王位継承権を譲ることができたら、トビアスと普通の恋人同士として暮らせる、と考えた。

「レア」
 アイスティーを持ってきたトビアスは、ウッドデッキにあるテーブルへトレイごと置いた。レアンドロスはロータイプのリクライニングソファから起き上がり、先ほど遠ざけた本を拾う。トレイにはアイスクリームもあった。
「それ、何の味?」
「ミルクティー味だって」
 トビアスは隣へ腰を下ろし、スプーンを使って一口食べた。
「おいしい。はい」
 彼はスプーンでもう一度ミルクティーのアイスをよそい、口元へ近づけてくれる。


60 番外編2


falling down top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -