falling down60/i | ナノ


falling down60/i

 トビアスは涙で頬を濡らした。自分のアナルはやはり緩いのだと思った。だから、レアンドロスは抜こうとした。トビアスはもう一度、自分のペニスを強く握り締め、今度は息を止める。
「ビー、どうした?」
 レアンドロスの手がペニスを握る手を引き離す。彼はトビアスの手を握ったまま、「深呼吸して」と落ち着いた口調で言った。トビアスはブルーの瞳を見つめる。
「……俺の、アナルが緩いから、ちゃんと締めろって言った人がいて、次も緩かったら、あ、っぅう、の」
 また自分で壊していると思った。せっかくの夜を台無しにしている。嗚咽を漏らしながら、トビアスはレアンドロスがもう二度と自分を抱いてくれないのではないかと考えた。
「トビアス、俺を見て」
 にじんだ視界の先に、レアンドロスがいる。彼はまだトビアスの中にいてくれた。
「どんな君でも受け入れるって言っただろう? 君のきれいな姿や、笑顔や、喜んでいる時だけじゃない。君の痛みも苦しみも全部含めて受け入れたいってことだよ?」
 トビアスは噛み締めていたくちびるから、小さな声で言葉をつむぐ。
「……ゆる、くなって、まんぞ、く、させられな、かったら、つぎは、うで、いれるって、すごく、こわくて、こわく」
 トビアスの頬に、レアンドロスの涙が落ちた。彼はトビアスを抱き寄せて、謝罪の言葉を吐く。彼が謝ることではないのに、彼は彼自身を責めた。
「レア、俺のために、泣いてくれて、ありがとう」
 レアンドロスの頬に触れ、彼の涙を拭う。少し体を起こして、自らキスをした。彼が泣きながら、キスを返してくれる。トビアスは前立腺を刺激する動きに、甘い声を漏らした。彼の動きはしだいに速くなり、何も考えられなくなるほど、胸がいっぱいになる。
 恋人なんて一生できないと思っていた。光のない道を歩き続けるしかないのだと諦めていた。握られた手へ視線を移す。輝く指輪を見て、トビアスは左手を彼の首へ回した。射精の瞬間、彼もトビアスを抱き寄せる。耳元で響く呼吸が愛しかった。
 気持ちがよくて、目を閉じる。レアンドロスが耳たぶをくちびるではさんだ。くすぐったさに目を開くと、彼はゆっくりとペニスを抜き、トビアスの体を拭いてくれた。視線が合えば、キスを繰り返す。今までの恐怖がすべて消えたわけではないが、トビアスは新しい幸福に酔いしれていた。
 レアンドロスが、一緒にシャワーを浴びようと提案する。トビアスはもちろん頷いた。互いに目の周りを赤くして、体を洗い合う。トビアスは先に出て、バスローブを羽織った後、アナルが切れていないか確認した。十分に慣らしてからの挿入だったため、傷はない。
 キッチンでミネラルウォーターを飲んだ。自然と笑みがこぼれる。レアンドロスはトビアスに強要しなかった。快感を与えられたことよりも、彼を落胆させなかったことのほうが嬉しい。
 うしろから抱き締められて、トビアスはレアンドロスの腕の中で向かい合った。彼を見上げると、触れるだけのキスをくれる。何も聞かなくても分かった。彼はブルーの瞳にトビアスを映し、優しく笑った。

 フェレド大学はイレラント国内で最もレベルの高い大学だと言われている。学生数も多く、トビアスは一人だったら迷子になる自信があった。敷地内に入るのは、夏季休暇明けに試験を受けた後、面接を受け、留学生向けのオリエンテーリングに参加して以来だ。すべてレアンドロスが付き添ってくれ、今も隣を一緒に歩いている。
 周囲の視線を痛いほど感じた。大学から近い場所に家を借りたが、カティエストの別荘から離れることに不安はあった。ほとんどの学生が、レアンドロスを知っており、彼と話したがる。レアンドロスを注視した視線は、次に彼が手をつないでいる先へ注がれていた。
 優越感はない。ノースフォレスト校の時と同じように、自分のような人間がレアンドロスといるなんて、おこがましいと思っていた。以前と異なるのは、自ら手を離そうと思わないことだ。たくさんの視線を集めるレアンドロスの視線は、いつも自分にしか向いていない。それは言葉よりも十分な力で、トビアスに安堵を与えていた。
「レア、ありがとう」
 突然の礼に、レアンドロスは面食らったようだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「今日は初日だし、家で昼にしようか?」
「うん」
 何の変哲もない日だった。だが、トビアスの日常は劇的に変化していた。イチョウが並ぶ道を、夕飯や週末、遊びに来るジョシュアのことを話しながら歩いて行く。
 昼前の空はまだ十分に明るい。トビアスはそれでも、行き先を見失わないように、レアンドロスの手を強く握る。握り返して笑った彼のブロンドの髪が、きらきらと反射した。胸にこみ上げてくる感情を抑え、トビアスは口元に笑みを浮かべた。彼の輝くブロンドの髪は記憶をなくした間も探して、必死につかまえようとした射光によく似ていた。



【終】


59 番外編1(本編から約2年後/レア視点)

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