falling down55/i | ナノ


falling down55/i

 今年の秋からフェレド大学へ行くために、トビアスは以前にも増して勉強に没頭していた。必要書類を提出するだけのレアンドロスと異なり、トビアスは外国人留学生として試験を受けなければならない。イレラント語の試験は全留学生共通だが、記録上、ノースフォレスト校中退となっているトビアスには、イレラント国内の全国試験と面接が課せられる。
 試験は夏季休暇の後にあり、合格すれば面接をしてもらえる。レアンドロス達は落ちるはずがないと背中を押してくれるが、トビアスは不安だった。イレラント語の語学力や学力のことではなく、その先にある面接が怖かった。
 面接で落とされることはないと言われたものの、もしも、どうしてノースフォレスト校を中退したのかと聞かれたら、トビアスは何とこたえればいいのか分からない。校内だけの不祥事として隠蔽されていることは知っている。ただ、何かのきっかけで自分の過去が暴かれたら、一緒にいるレアンドロスまで中傷されてしまう。
 トビアスは数学の問題を一つ解き終わり、そのまま手を止めた。隣には同じように勉強しているレアンドロスがいる。彼が自分を抱かないのは、嫌がることはしないという言葉の通りなのかもしれない。少しでも怯えると、すぐに抱き締めてくれる。
 だが、ほんの少しの可能性として、もし、レアンドロスが自分を抱きたくないと思っていたら、と考えていた。定期健診の後から、彼は眠る前にあまり話をしなくなった。
 アルフレッドがすべての手続きをして、母親の購入していた家は売却され、トビアスは遺産を手に入れた。金づかいの荒い彼女だったが、家の売却分とあわせるとかなりの額になる。そのすべてを、トビアスはレアンドロスへ返したかった。無論、彼が頷くはずもなく、トビアスはトイレで泣いた。
 母親の金は、そのほとんどが自分を取引材料にして、エストランデス家から吸い上げたものだ。あの家の部屋や地下室で相手をした男達が支払ったものも含まれている。口座からその金が消えない限り、トビアスはレアンドロスに買われた、という意識を持ってしまう。だから、金を返したかった。
「ビー、休憩しようか?」
 レアンドロスはキッチンで紅茶をいれる準備を始める。大きな背中を見つめながら、悲観的なことばかりを考えた。ティーカップを持って戻った彼は、テーブルへ置き、触れるだけのキスを額へくれる。
「クッキー、食べる?」
 トビアスは頷いた。その拍子に涙が頬を滑る。レアンドロスは手にしていたクッキーの缶を落としそうになった。
「ビー?」
「乾燥してるから……」
 涙を拭い、トイレへ行こうとすると、レアンドロスが右腕をつかんだ。
「トビアス」
 振り返ったら、涙があふれ出した。にじむ視界の中で、トビアスはレアンドロスの胸へ飛び込むようにして、彼のくちびるを奪う。無理やり開いた口内で、舌を絡ませるように動かした瞬間、彼はトビアスの両肩を押した。その行為は言葉よりも早く、トビアスを傷つける。
「俺と、したくない?」
 レアンドロスの顔を見ることができない。拒絶されることが怖い。
「俺とはセックスできない?」
 あふれた涙を拭おうと上げた腕を、レアンドロスがつかんだ。震えるほど強くつかまれて、トビアスは彼を怒らせたのだと確信した。
「怖がってるのに、できるわけないだろう?」
 レアンドロスの声は、トビアスの腕をつかんでいる手と同様に震えていた。トビアスは嗚咽を飲み込む。
「でも、それは……俺は、レアとならしたいって、思ってる」
 自分勝手だと分かっていた。性行為は怖いが、レアンドロスとその行為に至ることは必要不可欠だった。ここにいるために、母親のしてきたことの罪滅ぼしと自分という存在を確固たるものにしたいがためのエゴだった。
 レアンドロスの手が顎を押し上げる。トビアスは怒っている彼を見た。彼は怒鳴らないように、くちびるを結んでいる。ブルーの瞳にはうっすらと涙が光っていた。無言で手を引かれ、リビングのソファへ押し倒される。
 レアンドロスの手が乱暴にシャツをパンツから引っ張り、脇腹や背中へ回る。首筋へキスを受け、トビアスは目を閉じた。レアンドロスとしたいことに偽りはなかったが、本当は泣き叫んで逃げ出したいほど怖かった。素敵な思い出にすると約束してくれたのに、トビアス自らが壊した。
 手のひらが臀部をなぞり、内腿へと移動する。叫びそうになり、手で口を押さえようとすると、レアンドロスが手首をつかんで、ソファへ押しつけた。身動きの取れない状況に、トビアスは、「ごめんなさい」と小さな声で謝った。やめて欲しいと口に出すことは禁じられていた。口癖になっている言葉をつむぐ。
「やさしく、してください」


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