falling down52/i | ナノ


falling down52/i

「自分で自分を傷つけなくていい」
 トビアスは涙でにじんだ視界の中に、ブルーの瞳を見つけた。彼自身も泣いていた。
「しってるの?」
 全部、知られているのだろうか。トビアスは心臓が痛くなった。ブレイトン病院では、大腸肛門科の医師から、薬を処方されている。毎日ではなくなったが、今も痛みや違和感があれば使用するように言われていた。病院は毎回付き添ってくれるため、レアンドロスは初診の時から、すでにトビアスの体の状態を把握していた。どうしてそうなったのかも含めて、彼はすべて聞いていた。いまさら隠す内容ではなかった。
「トビアス、君がどんな状態だったか、今は把握してる。だけど、俺はその時、何も知らなかった。友達だ、君が好きだと、言いながら、君がいちばん力を必要とした時、俺は何も知らなかったんだ」
 レアンドロスは肩を震わせて、泣いていた。
「おれが、かくしたかったから。しられたくなかった。レアはわるくない」
 ゆっくりと、涙をこらえながら言うと、レアンドロスが勢いよく抱き締めてくる。トビアスは彼の背中に手を回した。胸に顔を埋める。まだ話すべきことはたくさんあったが、とにかく言わなければならないと思った言葉は、「ありがとう」だった。それから、「ごめん」と謝ると、レアンドロスは幼い子どもみたいに泣き続けた。

 朝食も昼食も食べ損ねた二人は、昨夜の余りものを夕飯として食べた。互いに目の周りが赤くなっており、視線が合えば苦笑する。トビアスの薬指には指輪が戻っていた。
「実は、見つけて持ってきたのは、その詩集だけだ」
 ソファの下に隠していた詩集と手紙を見せると、レアンドロスはそう言った。
「手紙は……ジョシュアが君のハウスマスターから奪ってきた。ちなみに、そのハウスマスターは解雇されたよ」
 トビアスは冷えた夕飯を出されたことを思い出す。制裁を受けている最中に、助けを呼んでも来なかった男だ。だが、解雇されたと聞くと、あまりいい気はしなかった。
「そんな顔しないで。ジョシュアが激怒して、その日のうちに学長へ伝えたんだ」
 レアンドロスは椅子に座ったまま、トビアスの腰あたりへ腕を回す。
「返事を書いてもいい?」
「もちろん」
 彼が離さないから、トビアスは彼の頭をなでた。ブロンドの髪はさらさらで心地いい。彼がこちらを見上げると、ブルーの瞳は光で反射して輝いた。思わず、口元を緩める。
「ビー」
 彼は宝物を見つけた時のような、弾んだ声で名前を呼ぶ。
「君の笑顔、すごく好きだ」
 レアンドロスは立ち上がって、頭にキスを落としてから、くちびるへもキスをくれた。トビアスは指輪を見た。これをはめているということは、彼の気持ちにこたえるということになる。そして、トビアスはこたえたいと思っていた。
「レア、さっきの過呼吸なんだけど」
 小さく息を吐き、思いきって言葉にする。
「その、何て言うか、体の……」
 レアンドロスは一歩あとずさる。
「接触が怖いのか? ごめん、気づかなかった」
「あ、うん、ちが、違う、そういう接触じゃなくて、キスとかは、いいんだけど、その先は、怖い」
 言葉にすると違う気がした。だが、ほかに言い様がなく、トビアスはうつむく。
「その先って、セックスをすることっていう認識でいいか?」
 頷くと、レアンドロスはもう一度、抱き締めた。
「分かった。ビー、約束、思い出した?」
「約束?」
 彼はそのまま、ひざをつき、指輪にキスをする。
「君が嫌がることは絶対にしない。いつか、『その時』が来たら、素敵な思い出にするんだ」
 トビアスの落とした涙が、こちらを見上げていたレアンドロスの頬を滑った。そんなふうに愛される権利はない、自分はレイプされてできた人間だと言おうとしたら、彼はすぐに立ち上がって、くちびるをふさぐ。長いキスの後、親指の腹で涙を拭った彼は笑った。
「また自分を傷つけるようなこと、言おうとしただろう? もう一生分の涙、出したって言ってたじゃないか。そんなに泣いたら、目が落ちる」
 冗談のように言ってから、彼の指先がまぶたを軽く押した。
「ジョシュアが顔を出すのは、年が明けてからだ。とりあえず一週間は、勉強もやめて、のんびりしよう」
 レアンドロスの言葉に、トビアスはほほ笑んで頷いた。


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