falling down51/i | ナノ


falling down51/i

 呼吸が落ち着くと、レアンドロスのほうが大きく安堵した。
「飲み物、取ってくる」
 額へキスをして、彼は部屋を出て行く。トビアスはベッドへ体を横たえた。男達に言われたことや、体に受けてきた行為とは別に、ノースフォレスト校での出来事は違った意味でトビアスを苦しませた。
 トミーの気持ちに気づいていなかった自分に、レアンドロスと一緒になることができるはずがない。他人の思いを軽んじるような人間と、そんな人間に必死に尽くしてくれる人間が一緒になるなんて、とトビアスは指輪を外す。
 飲み物を持って戻ってきたレアンドロスは、オレンジジュースのほかに、リンゴとイチゴを皿に乗せていた。ナイトチェストへトレイを置き、背中を支えてくれる。
「ほんの少しでも食べて」
 レアンドロスはどうしてあの状態になったのか、すぐには聞かなかった。トビアスはジュースを飲み、イチゴを一つだけ頬張る。彼の視線が薬指に留まったため、左手に握っていた指輪を差し出した。
「これ、いらない」
 レアンドロスはトビアスの手の中にある指輪を見て、トビアスの瞳を見つめる。ブルーの瞳は少しかげっていた。
「どうして? 君にあげたんだよ」
 トビアスは指輪をトレイの上へ置いた。
「……何かもらっても、何も返せないから」
「その指輪は何かと交換するものじゃない。俺が君のそばに一生いるっていう約束の証だ」
 そっと伸びた指先が、額の髪に触れた。トビアスは反射的に彼の手を払う。彼は一瞬、傷ついた笑みを浮かべたが、ナイトチェストを動かして、トビアスのそばへ寄り、ひざまずいた。
「拒絶されるのは慣れてる。君はいつも俺のことを避けてた」
 それは、と言いかけて、トビアスは口を閉じる。
「夏季休暇の間、君と過ごして、君が俺に笑いかけたり、ねだったりしてくれることが、どんなに嬉しかったか」
 レアンドロスは手を握った。ショッピングモールへ買い物に行けば、何も言わなくても、自分の欲しいと思ったものをカゴへ入れてくれる。それはつまり、彼はいつも自分を見ているということだ。自分のことをいちばんに考えてくれている。
「ビー、何度でも言う。君のことを愛してる」
 ひざまずいていたレアンドロスが立ち上がり、ベッドの端へ腰かけた。彼はそのまま目を閉じて、くちびるを近づけてくる。トビアスは目を閉じなかったが、触れるだけの優しいキスはすぐに終わった。
「……思い出を、話して」
 トビアスの涙を拭ったレアンドロスは、空いている手でトビアスの手を握ったまま、話し始める。
「午後の授業で、君はたいてい美術を選択してた。美術室からはテニスコートとサッカー場が見えるんだけど、窓から君の姿が見えると、皆、君の目を引きたくて必死にプレイしてた」
 トビアスはくちびるを噛んで、うつむいた。記憶がなかった時は、その作り話を思い出だと信じた。だが、今はそれが嘘だと知っている。嘘が悲しいのではない。自分のために嘘をつく優しいレアンドロスに、負い目を感じた。
 次々に涙を流しながら、トビアスはレアンドロスを見つめる。
「……もういい。ごめん」
「どうした?」
 トビアスは自分で涙を拭う。
「皆、俺のこと、嫌ってた。ふしだらな女優の息子だって言ってた。ノースフォレストの品位を落としてるって、レアンドロス王子に近づくなって、ナイフを渡されたこともある。懲罰部屋で、理不尽なことばっかり、言わされてるって、おもってた、でも、ほんとは、おれが、ひんかくのない、わるいせいとだったから」
 嗚咽を飲み込み、トビアスは続ける。
「れいはいどうで、いつも、かあさんなんて、しねばいいとおもってた」
「トビアス」
 レアンドロスの表情は涙で見えなかった。彼はベッドに上がり、隣へ座った後、ぎゅっと抱き締めてくれる。
「記憶が戻ったのか?」
 耳元で聞こえた声に、トビアスはただ頷いた。
「どこまで」
 調べたのか、と聞きたかった。嗚咽を抑えようと、涙を拭う。
「レア、おれは、おれ……じょうきゅうせいに、やさしくされて、うれしかった。おれにきすしたひと、だけじゃない、みんな、おれをみて、きれいだねって、やさしかった。でも、はじめて、くちで」
「ビー、それ以上、言わなくていい」
 レアンドロスが力を緩めて、体を離す。


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