falling down47/i | ナノ


falling down47/i

「ゆびわ……」
 トビアスは指輪を手に取り、それが記憶の中にある何かと結びつくのかと思い、しばらく眺めた。たとえば、母親の形見だったり、過去にもらったものだったり、そういう類のものだと考えた。
「ビー」
 細い甲丸線を描いている指輪の輝きから、レアンドロスへと視線を向ける。彼は少し頬を染めていた。
「君が忘れてしまった記憶は、俺が全部、覚えてる」
 レアンドロスの言う通りだ。彼はトビアスが聞けば、何度でも思い出を話してくれた。トビアスは指輪とレアンドロスを交互に見る。
「じゃあ、サンタクロースからのプレゼントは、本当はレアなの?」
 トビアスの言葉に、レアンドロスは笑った。だが、彼の目尻からは涙があふれて、彼はそれを乱暴に拭う。
「そうだな。君の知りたい記憶を、楽しかったことや、嬉しかったことを、俺は知ってる」
 レアンドロスの声は涙で震えていた。その声や言葉に、トビアスは胸が痛くなる。彼を泣かせているのは自分ではないのか、という疑問がわいた。左手に指輪を握り、トビアスは右手の指先で、彼の頬へ触れる。
「悲しい思い出はある? 僕は泣き虫だった?」
 レアンドロスのブルーの瞳が消える。彼は一度、目を閉じた後、ほほ笑みながら、目を開けた。
「君は負けん気が強くて、人前で泣くことはなかった。俺の前でも弱いところなんて見せないで、いつも我慢してた」
 記憶の中の自分という人物が、確定しない。トビアスは自分は弱い人間だと思っていた。
「トビアス」
 左手の中にある指輪を持ったレアンドロスが、真剣な面持ちでこちらを見つめた。
「俺と一緒にいたいと思ってくれる?」
「うん」
「俺のことが好き?」
「うん」
 彼は破顔した後、くちびるを結んだ。
「これはエンゲージリングだ。結婚の意味は分かる?」
「ずっと一緒にいること?」
「そう。俺も君のことが好きだ。ずっと一緒にいたい。サンタクロースは、だから、指輪を君にプレゼントしたんだよ。記憶が戻らなくても、君のそばには記憶を持った俺がいる」
 トビアスは頷いた。レアンドロスが髪をなでてくれる。
「それから、もう一つ」
 指輪をはめる前に、彼はトビアスの両手を握り締めた。
「ビー、もし君が、記憶を取り戻しても、俺は君のことを変わらず愛し続ける」
「うん。分かった」
 トビアスの言葉を聞き、レアンドロスは指輪をはめてくれた。きらきらと輝く指輪を見つめて、笑みをこぼす。彼はもう一度、その手を取り、指輪へキスをした。
「ビー、何があっても、どんな君でも、心から愛してる」
 愛、という言葉が恥ずかしくて、トビアスはレアンドロスの手の中から自分の手を抜いた。いつも以上に真剣な眼差しのレアンドロスがほんの少し怖くなる。
「レアは、ずっと僕の味方っていうこと?」
「そうだよ」
 ほほ笑んだレアンドロスは、いつもの彼だった。トビアスは少し身を乗り出して、自分の足元にひざまずいている彼の頬へ顔を近づける。頬にキスをすると、彼は驚いて、左頬へ触れた。
「テレビで皆してた。好きな人にはキスするんでしょう?」
 レアンドロスはソファへ座り、トビアスのことを抱き寄せる。トビアスは彼のひざの上に座った。耳が赤くなっていて、指先でそこへ触れると、とても熱い。
「頬にするのはあいさつまでだ」
 レアンドロスの手がトビアスの両頬へ添えられる。トビアスは目を開けたままだったが、彼は目を閉じて、軽くくちびるへくちびるを当てた。
「くちびるのキスはレアとだけ」
 レアンドロスが頷き、もう一度、キスをくれる。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちのほかに、昔感じた何かがよみがえった。キスを受けながら、目を閉じる。
 木造の寄宿舎の中を歩いている。誰かに呼び止められた。甘くて優しい香りがする。その先を思い出したい、と思った瞬間、レアンドロスがトビアスの体をソファへ戻した。彼は少しあせっている様子だった。
「トイレに行ってくる」
 残されたトビアスは、右手の薬指に光る指輪を眺めながら、ソファへ寝転んだ。


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