on your mark番外編2/i | ナノ


on your mark番外編2/i

 高岡が一弥を直接見たのは、市村家の屋敷だった。一弥はいたって普通の男だ。街中ですれ違っても気づかないほど、特徴的なものもない。だが、高岡は見た目がすべてを決めるわけではないことを知っていた。市村組の幹部達からも、彼がいかに魅力のある男かを聞かされていた。
 共永会の貴雄へナイフを向けた宮崎の前に立ち、貴雄を守ろうとする一弥の凛とした姿に、あの場にいた誰もが魅きつけられた。人のものに手を出す趣味はないが、機会があれば、と考えてしまうほどには、彼のことが好きだった。

 緑沢のマンションは、もともと購入する気はなかった。貴雄が近隣物件を一つ、押さえておけと言っていたため、一つくらい高級な部屋があってもいいかと思い、選んだ。一弥のいる新家沢から近い、程度の認識だったが、愛人の一人が住みたいと言い、使えるようにした。
 高岡の愛人達は性別に関係なく、別れる時はあっさりした人間が多かった。あっさりというのはもちろん手切れ金を渡した上での話だが、「次はない」と言った後に取り乱すようなタイプの人間はいなかった。
 高岡は飽きたら捨てて、新しい相手を探していた。このマンションにいた愛人は唯一、取り乱した。切ろうと思った理由は、彼女がコンドームへ細工していたからだ。子どもは嫌いではない。だが、一時的な関係で、ただつなぎ止めておくためだけに妊娠したい、という女性の勝手な理由は受けつけられなかった。
 隣で眠っている直広の肩が規則正しく揺れる。高岡はひざに乗せていたノートパソコンを終了させて、彼を背中から抱き締めた。手を握ると、彼はこちらへ回転しようとする。
 起きたか、と思ったが、直広は眠っていた。史人も敦士もまだ小学校の低学年で、どんなに遅くとも夕方には帰宅している。時間がある時はなるべく子ども達に関わろうとしている高岡だが、子育てという部分ではあまり関われていない。
 朝から事務所へ行くが、夜は定時があるわけではなく、遅くなることも多い。直広達がどこで何をしているかは知っている。一緒に過ごしたいと思っても、なかなか一般家庭のようにはいかない。
 直広は家事を済ませた後、午前中は下のフィットネススタジオで体を動かすか、英会話教室へ通っていた。午後は史人達の習い事や宿題に付き合っている。しばらく彼の柔らかな髪をなでた。

 嘘は嘘だとばれなければ、嘘ではない。高岡は直広の嘘を知っている。史人の父親は直広の弟である健史だ。直広は史人の母親の名前も絶対に教えてくれなかった。留学している、とだけ話し、あとのことは知らないで通された。
 高岡はもちろん、すべて知っていた。直広が史人のために事実を隠したことを責める権利はない。高岡も直広のために事実を隠すことにしたからだ。
 楼黎会との抗争後、高岡は共永会の山中へ、さくらローンの顧客の契約見直しを依頼した。ずいぶん優しいことをする、と貴雄から連絡をもらい、一弥の影響だと返したが、心境の変化もあった。
 組織を束ねる者は、恐怖を抱かせてばかりではいけない。高岡は仁和会のトップへ立ってから、非道なことをしたわけでもないのに、香港ヘイバン時代からの話が噂のようにささやかれ、冷酷な人間だと思われていた。
 市村組へ受け入れてもらった際に、薬物の取引だけはしないことを条件にされたが、組長である弘蔵から、復讐が済んだなら、炎も消しておけと言われた。精神論は苦手だ。会うたびに、まだ消えていないと言われるのが面倒で、なるべく市村家へ顔を出さないことにしていた。
 楼黎会の事務所地下に監禁されていた直広の存在は、当日に聞き及んでいた。宮田に任せていたため、話を聞くだけだった。直広の契約だけが楼黎会なっており、宮田が押収したマスターテープを確認すると報告に来た際、高岡は一緒に見ると言った。
 マスターテープは編集されていない。直広は手枷をされ、肉体的にも精神的にも苦しそうだった。積極的に逃げる様子がないことと、スタンガンへの怯えから、どういった方法で契約書へ署名したのか想像がつく。
 高岡はナイフで衣服を切られていく直広の様子に、表情を変えなかった。この程度のことは見慣れており、この後、直広が構成員達にまわされるのは明白だった。
 映像は何の処理もされておらず、声が聞き取りにくい部分もあった。男達が直広へ何か言い、直広は泣きながら叫ぶ。下品な言葉でも言わされるのかと思っていたら、「史人、に息子に、手を、出さないで、ください」と懇願した。
 高岡はその瞬間、映像を止めた。宮田が怪訝そうにこちらを見た。


番外編1 番外編3

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