on your mark番外編15/i | ナノ


on your mark番外編15/i

 おやすみ、とあいさつをすると、遼が首を傾げる。
「もう寝るのか?」
 頷き返すと、彼はチョコレートをもう一つ食べる。
「何か相談事があるのかと思った」
 勘のいい彼は、そう言ってほほ笑む。
「扉を閉めるのがうまくなったな……直広は気づいてない」
 敦士は苦笑して、部屋へ向かう。相談事はまず直広に話す。直広を味方につけておけば、遼が乗り気ではなくても、たいていのことは通るからだ。敦士は自分のベッドではなく、奥のベッドへ横になった。
 端へ動いた史人が手を回してくる。別々に眠ることもあるが、史人はベッドへ潜り込んでも怒らない。小さい時からの習慣のようなものだ。彼の体温を感じながら、敦士は昔を思い出した。

 史人が小学校に上がった年、ベッドが別々になった。初めての夜、敦士が新しいベッドの上で泣いていると、史人は隣へ来て一緒に眠ってくれた。彼は彼自身を王子だと言っていた。敦士のことを守る王子だと言い聞かせて、ぎゅっと抱き締めてくれた。
 ここへ来るまでの記憶はほとんどない、と直広へ話していた。だが、本当は覚えている。まだ三歳ほどだったものの、敦士はよく覚えていた。
「お父さんに会いたい?」
 小学校の入学式が迫ったある日、直広にそう聞かれた。
「僕のお父さんは、直パパだよ」
 即答したら、直広は目に涙を浮かべて、力強く抱き締めてきた。母親には怒鳴られ、殴られた記憶しかなく、父親も母親と同じく、機嫌のいい日と悪い日が極端だった。家で史人と遊んでいる時に、抑えられない不安や怒りが爆発して、おもちゃを投げたり、泣き出したりした。
 史人は優しく、「おもちゃ、なげないで」と言って、遠くに転がったおもちゃを取ってきてくれた。直広は彼自身へおもちゃを投げつけても、抱き締めらた時に噛みついても、ずっと背中や頭をなでてくれた。
 幼稚園で同じようなことをしたら、先生に怒られ、そのたびに直広が来てくれた。おもちゃの取り合いで相手の子を傷つけた時も、直広が来て、頭を下げていた。人見知りをして、落ち着きがなく、何か気に入らないことがあるとすぐに暴力に訴える。幼稚園ではそう判断され、「悪い子」だと言われた。
 だが、眠る前に絵本を読んでくれる直広は、毎夜、「あーくんはいい子だね」と頭をなでながらささやいていた。
 八歳くらいの頃まで、直広と一緒に風呂へ入っていた。彼の体に残る傷痕を見て、自分の体に残る痕と似ていると気づいた。
「直パパも悪い子だったの?」
 史人が眠った後、敦士はベッドから出て、ソファに座っている直広に聞いた。直広は一瞬、驚いた様子だったが、それは質問にではなく、起きてきたからだ。彼は敦士をソファへ座らせ、手を握った。
「あーくん、眠れない?」
 敦士は頷いて、隣へ座る直広を見つめた。
「僕と同じ……」
 敦士は直広の胸あたりへ手を伸ばす。
「体に、僕と同じ傷みたいなの、あるから。悪い子だったから、お母さんは、僕が悪い子だからって、言ってた」
 直広の瞳から視線をそらさずに言うと、彼は一度、目を閉じて、それから、敦士の足元へ座り直した。彼は両手を握り、真剣なまなざしでこちらを見上げていた。
「敦士は悪い子じゃない。とてもいい子だよ。敦士の傷はお母さんを守るためにできた。怖くて、痛かったよね。でも、お母さんはきっとどうしようもなくて、傷つけたのかもしれない。そうすることで、心の均衡を保とうとしたのかもしれない。もちろん、許されることじゃないけど……それでも、あーくんは」
 君は絶対に悪い子じゃない、と言った直広は、大粒の涙を流していた。その時は、直広の言ってくれた、「悪い子じゃない」という言葉だけで満足だった。彼にいい子だと思われているなら、それでいいと思っていた。
 年齢が上がるにつれ、直広があの時、精いっぱい自分を慰め、励ましてくれたことを理解した。

「あーくん? いま、なんじ?」
 寝返りを打った史人に聞かれ、敦士は、「八時半」とこたえる。彼に毛布をかけてやり、部屋を出た。キッチンでは直広が朝食を用意している。


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