on your mark番外編13/i | ナノ


on your mark番外編13/i

 遼は額を押さえた。今年で四十五歳になるのに、彼の美貌は変わらない。難しい顔をしていても絵になる男は、厳しい口調で史人へ告げた。
「心にもない、か。史人、心にない言葉は口から出てこない。おまえは自分が思ったことをそのまま口にしたんだ」
 史人は涙を拭う。
「思ったことをそのまま口にするのは、まだ幼いということだ。言っていいことと悪いことの区別がつかないうちは、まだ子どもだ。直広を傷つけて満足したのか?」
 首を横に振った史人に、遼は溜息をついた。
「多感な時期だと理解してる。だが、その道は皆が通る。失敗すれば、一生、失敗し続けるんじゃないかとか、自分だけおかしいんじゃないかとか、そういう気持ちは誰もが感じることだ。楽しいことばかりじゃないと、もう知ってるんだろう?」
 遼の言葉に頷く。幼稚園の時はもっと単純だった。好き嫌いで物事を決められたし、間違えても笑われなかった。だが、学年が上がっていくにつれ、無邪気なままではいられなくなった。
 史人は勉強に苦労しているほうではないが、運動は水泳以外、得意ではない。友達の話すことはどんな些細なことでも気になった。理不尽なことで教師から怒られることもある。幼稚園から帰ってきて、直広に、「今日はどうだった?」と聞かれたら、いつも、「楽しかったよ」と返した。そして、どんなに楽しかったのかを聞かせた。
 先輩から告白された日、「今日はどうだった?」と聞いてきた直広を無視した。おまえの弁当は本当においしそうだ、と友達に言われたが、体育の時間に転びそうになった。敦士と一緒に帰ろうと思ったら、女の子に呼び出されていない、と聞いた。
 その後、生徒玄関で先輩に呼びとめられ、告白された。その場で断った。高揚と落胆を繰り返しながら、家へ帰った。直広は何か楽しいことを期待している瞳で、こちらを見ていた。たった一言、「お弁当おいしかった」と言えばよかったのに無視した。
 立ち上がった遼が、史人の前にひざをついた。大きな手が頭をぽんぽんと叩く。
「隠し事や嘘をつくなとは言わない。だが、直広も俺も人生が楽しいことばかりじゃないと、おまえよりは知ってるつもりだ。辛いことや迷ってることがあれば、ただ話せばいい……家族なんだから。直広の様子を見てくる」
 敦士に手渡されたティッシュで涙と鼻水を拭き、史人は握っていた敦士の手を離した。
「史人、おいで」
 遼に呼ばれて、部屋へ入る。ベッドの上に横になっていた直広が、上半身を起こした。まぶたは腫れ、顔色も悪い。いまさら、言ってしまった言葉を取り消したいと思った。
「……パパ、ごめんなさい」
 史人は直広の前に正座して、謝罪の言葉を言った。扉が閉まる音で、遼が二人だけにしてくれたのだと分かる。パパ、と呼んだ瞬間、直広の表情が明るくなった。
「史人、ごめんね。あやが不安そうで苛だってたから、心配だったんだ。でも、もう子どもじゃない。干渉されたくないよね」
 直広は何も悪くないのに、同じように謝罪してくる。
「それと、一つだけいい? 俺が遼と暮らしてるのは、お金や生活のためじゃない。遼まで貶めるから、もうそのことは言わないで」
 史人は深く頷いた。新しい涙があふれる。昔も今も直広のことが大好きだ。こんなに近くに素晴らしい相談相手がいたのに、どうして、一人で悩んでいたんだろう。
「ひどいこと、言って、ごめんなさい」
 直広の優しい指先が涙を拭ってくれる。隣へおいで、と言われて、史人はベッドに座った。
「あんなふうに、思ったり、してないから」
「分かってる」
 横から抱き締められ、背中をなでる手を感じながら、目を閉じた。直広はいつでも理解してくれる、史人の味方だ。指先で彼の服を握った。
「パパ、あのさ……」
 女の子と付き合っている時、遼からもらったコンドームを使う機会が来なければいいのにと願っている。先輩から告白された時、嬉しかったが、落ち込んだ。周囲に予想通りだと思われるのも嫌だ。自分にも直広と遼のように愛し、愛される相手が見つかるのだろうか、と不安になる。
「来週は二人で出かけよう。話、聞いて欲しいんだ」
「もちろん」
 史人は直広を抱き締め、「これからも、お弁当とお菓子、作るよね」とささやいた。
「これからは嫌がっても、作ることにする」
 自分よりずっと長く、楽しいことばかりではないと経験してきている直広が、自分のためにほほ笑んでいる。敦士が言ったように、直広は強い。史人はまだ子どもでいたいと思う反面、大人になるべきだとも思い、彼をもう一度、抱き締めて深呼吸をした。


番外編12 番外編14(約三年後/敦士視点)

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