on your mark番外編10/i | ナノ


on your mark番外編10/i

 カードキーで中へ入ると、音を聞きつけて、直広がやって来る。今の史人にはその出迎えすら面倒だと感じた。そう感じるようになったのは、中学へ上がってからだ。それまでは直広へ何でも話せたが、色々と聞いてくる彼をうるさいと思うようになった。
 夜中に直広が遼へ話しているのを聞いたことがある。直広は史人が思春期に入り、精神的に成長する時期なのかもしれないと言っていた。その言い方にも腹が立ったが、分かっているなら、どうして放っておいてくれないのかと思う。
 直広は何かと史人の気を引こうとする。この間も、買い物へ行こうと誘われた。敦士と行けばいいと返すと、部屋まで来て、夏物の服が出始めているから、とねばられた。
「買ってくれるの?」
 中学へ上がると同時に部屋に仕切りができた。手前側は敦士の部屋で、奥が史人の部屋だ。ベッドに寝転がった史人は、奥まで入ってきた直広に見向きもしなかった。
「そうだね、あやの気に入ったものがあれば」
 買おう、という言葉の途中で、史人は彼を睨みつけた。
「あなたのお金じゃないのに」
 高校生になってから、直広をパパと呼ばなくなった。なるべく呼びかけないようにしていた。遼のことはいまだに、「遼パパ」と呼ぶ。そのたびに、背を向けている直広がうつむくのが、目の端へ入っていた。
 直広は、「あなた」と言われて、傷ついている様子だった。
「あ、うん、そうだね。でも、遼の確認は取ってるから、あやは遠慮しないでいいんだよ」
 それだけ何とか言葉にして、部屋を出ていった直広を、かわいそうだとは思わなかった。すぐに遼から怒られるかと思ったが、直広は遼へ相談しなかったらしく、何も言われなかった。
 そういうところも直広をうざいと思う要因だった。だが、いちばんの要因は、先ほど彼女から振られた時にも言われたことだ。小学校の頃は笑って終わりだったが、中学生の頃からは、嫌味にしか聞こえなくなった。
「あ、おかえり。お友達と遊んでたの? 楽しかった?」
 史人はわざと冷たい視線で直広を見て、彼が寂しげにうつむくのを待った。声はかけずに、洗面所で手を洗う。父親似ではないが、この顔のせいで振られた。自分より可愛い人とは付き合えない、やっぱり敦士のほうがいいと言われた。敦士のことを出されても、不快感はない。史人自身、彼をかっこいいと思っている。
 だが、可愛いと称されるのは嫌だった。直広よりは高くなったものの、身長は伸び悩んでいる。スイミング教室で鍛えたのに、敦士のような筋肉はつかない。弁当を持っていけば、クラスの女子から、自分で作ってそうだとからかわれた。直広の作る弁当は手間がかかっており、まるで子どもの遠足のために作られたかのような弁当だった。
 女の子らしいと言われることじたいは我慢できる。自分の容姿の問題だからだ。だが、直広を見ていると、苛々した。彼が遼と寝ているのは知っているし、同性愛に偏見もない。それでも、実際に甘えているところを見たら、彼への怒りが募った。
 男のくせに、と思う。手を洗った後、リビングダイニングを通り、部屋へこもろうとした。キッチンにいた直広が、「メール見た? 今日はあやの好きな」と言いかける。
「いらない」
 冷やし中華、と小声で続いた言葉に、史人はカウンターを回って、キッチンへ入る。史人のほうが五センチほど背が高い。直広がこちらを少し見上げた。振られたことも、自分の容姿も、直広には関係ない。関係ないが、思うままにいかない気持ちに苛々するのは、間違いなく直広が原因だった。
「……男のくせに」
 部屋にいる敦士に聞こえないよう小声で言った。怒りを抑えて言ったが、拳は震える。
「俺が何で怒ってるか分かる? 今時、女の人だって働いてる。でも、あなたはずっと家にいて、遼パパのお金で好きに暮らしてる。家事なんて働きながらできるだろ。弁当なんかいらないし、おやつとか用意されるのも嫌」
 直広の大きな瞳にうっすら涙がにじんでいる。泣かせたいわけではないし、傷つけたいわけでもない。ただ、これまでずっと思っていたことを言っているだけだ。それなのに、女の子みいたいに泣かれている。言葉を吐き出しながら、史人はうんざりした。
「母親の代わりなんて、別にいらない。俺からすれば、父親だって自慢できるのは遼パパだけだ。あなたのことは……恥ずかしい」
 直広は大きな嗚咽を漏らし、その場に崩れた。部屋から出てきた敦士が、疑うような瞳でこちらを見てくる。


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