on your mark番外編9/i | ナノ


on your mark番外編9/i

 三ヶ月ほど付き合っていた彼女から、別れ話をされた。史人が溜息をつくと、「じゃあ」と言って席を立たれた。注文していたランチプレートが運ばれてくる。史人はくちびるを噛み締め、去ろうとした店員を呼びとめた。
「すみません、プリンパフェとチョコレートパフェとこの、本日のケーキ三種も追加します」
 復唱した店員が去った後、史人はサラダから手をつけた。初めての彼女は中学二年の時にできた。今の彼女は三人目だ。
 史人は悲しいというより、苛々していた。ランチプレートを食べ終わる頃、デザートが運ばれてくる。携帯電話を確認すると、父親である直広からメールが届いていた。中身を読む前にむっとする。
 テーブルに並んだデザートを一人で平らげて、史人はメールを黙読した。今晩は史人の好きな冷やし中華と鶏肉のから揚げらしい。夜遅くなるかもしれないから、夕食はいらないと言ったのに、自分の好物を用意するあたり、敦士からデートだと聞いたのかもしれない。
 そんなもので釣れると思っているのか、と史人は伝票を持って立ち上がる。初めて彼女ができた時、史人は直広ではなく、もう一人の父親である遼へ話した。父親が二人という特殊な環境で困ったことはない。実父以外に頼れる男性がいてよかったと思っていた。
 彼女ができた、なんて直広へ言えば、彼のことだから根掘り葉掘り聞いてくるだろうし、こうしてデートのたびに早く帰らせようとしてくることは予想できた。その点、遼は十四歳だった史人へ未開封のコンドームを箱ごと渡し、「セックスする時は彼女が大丈夫って言っても、絶対につけろ。おまえだけじゃなく、相手の子も守るためだ、分かったな?」とだけ言って、あとは何も聞いてこなかった。
 遼にとても憧れる。彼みたいな大人になりたいと思う。あまり家にいないものの、週末は時間を作ってくれて、遊びに連れていってもらった。直広には聞けなかった自分の母親のことも隠さずに教えてくれた。彼は史人を一人前の人間として扱う。もらったコンドームはまだ使っていないが、もし、使うことがあれば、史人はまた彼へ相談するだろう。
 カフェを出た史人は、家へ帰る道を選ぶ。まだ帰りたくはないものの、一人で三時間以上ぶらぶらするのは嫌だった。友達連中にはデートだと伝えている手前、誘えない。家にいるであろう敦士は、「帰ってこい」と言うに違いない。敦士は出不精な上、家が大好きな人間だ。
 休みの日はたいてい家にいて、直広の手伝いをしている。史人にとって敦士は弟であり、親友だった。高校は中高一貫だが、小学校の時からの顔見知りが多く、たいていの友達は史人と敦士が幼い時から一緒に暮らしていることを知っている。
 幼稚園の頃はまだあどけなく可愛かった敦士を、守ってやろうと思っていた。小学校低学年の時に身長を抜かされても、初めてできた彼女が、敦士のほうがかっこいいから、という理由で離れていっても、史人は彼の支えになりたいと考えている。
 敦士は直広が大好きなため、自分のことを敦士へ話せば、彼の口から直広へ伝わる。言わないで、と言っても、彼は切れ長な目でこちらを見てほほ笑むだけだ。いつの間にか、まるで敦士が兄で、自分が弟になったみたいだと感じていた。
 クールでかっこいい、と言われている敦士は、たくさん告白を受けている。クラスメートや同学年の女子から、敦士宛ての手紙を渡されることもあった。敦士自身はまだ興味がないのか、特定の誰かと付き合っているという話は聞いていない。
 
 エントランスで管理人の岩井へあいさつをして、史人は高層階用のエレベーターへ乗る。一部の友達は遼の稼業も理解しているが、そのことに関して直接、聞かれたことはない。父親の職業を聞かれたら、「株と不動産関係で稼いでいる」とこたえていた。遼がそう言うように、と言ったからだ。
 史人は遼がやくざ組織のトップであっても、それを負い目に感じたことはなかった。昔の記憶は漠然としていたが、史人は貧しかったことを覚えている。鈴木という苗字の隣人がよく面倒を見てくれた。彼女に連れられて、スーパーで十円のチョコレートを買ってもらえるのが嬉しかった。直広には買って欲しいとねだることができなかったからだ。冬は常に寒かったし、畳へ直接寝ているように薄っぺらい布団の上で寝ていた。
 遼がどんな仕事をしていても、彼のおかげで今の生活があるのだと理解している。それに、彼の組織の人間は皆、史人達へ優しく接してくれる。あれだけの数の人間を束ねられる遼はすごい、と尊敬していた。


番外編8 番外編10

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