on your mark番外編1/i | ナノ


on your mark番外編1/i

 酒と女があれば、たいていの嫌なことは忘れられると思っていた時期があった。それは事実で、今でもそう思っている。だが、高岡は五年ほど前から忘れるのではなく、受け入れて糧にする方法を知った。

 高岡の父親は祖父がそうだったように、極道の人間として生きていた。父親はちょうど香港とのパイプ役が必要な時期にあちらへ渡り、母親と出会ってからは香港へ拠点を移し、生活していた。
 高岡は裕福な家で、不自由を感じることなく育った。父親はほとんど家にいなかったが、母親は教養があり、使用人や護衛の人間にも丁寧に接する女性だった。彼女は父親の立場を理解しており、何かあった場合は自分を置いて逃げるように、といつも高岡へ言い聞かせていた。
 父親は現在の市村組と敵対する組織に所属していた。香港ヘイバンとの取引は主に薬物と偽札だった。市村組が台頭し始めてからは、シンシァンリィというヘイバンの中でも上位の組織のために働いていたが、マカオで東欧マフィアとの交渉が決裂し、その場で殺された。
 東欧マフィアと手を組んだ末端組織の連中は、その足で屋敷まで荒らした。十六歳の時だ。高岡は今でもよく覚えている。授業の後、護衛に呼ばれ、家ではなくシンシァンリィの事務所へ連れていかれた。ボスであるホァンから話を聞かされて、高岡はまず母親の安全を確認した。
 だが、家には火が放たれ、母親の所在は確認できなかった。二日後に送られてきたビデオテープには、母親が陵辱の果てに殺される様が映し出された。高岡はそれから二年、学校を中退し、復讐のためにすべてを捧げた。
 両親の遺体はなく、残されたのは自分自身だけだった。父親は口にしなかったが、高岡にはヘイバンへ関わって欲しくないと思っていたようだ。ホァンの組織で面倒を見てもらいながら、父親を殺した組織を割り出し、実行犯へ制裁を加えた。
 ホァンは復讐を遂げた後も、高岡がシンシァンリィに残ることを期待していた。だが、高岡は最後にホァンを組織ごと潰した。調べていく中で、ホァンこそが黒幕だと分かったからだ。
 ホァンの死を望んでいた敵対組織へ彼の遺体を届け、高岡は十八歳にして、香港ヘイバンの中で三強と呼ばれる組織のボスへ認められた。
 日本へ行こうと思い立ったのは、日本人観光客が話す日本語を聞いた時だ。すでに、一地区の治安と金を任され、酒も女も欲しいままになっていた。おそらく両親の望んだ方向へは向かっていなかったが、高岡はそれなりに満たされていた。ただ、両親を亡くしてから、目に見えない何かが心に穴を開けていた。
 観光客が多い大通りを歩いていたら、日本人の親子三人が楽しそうに話をしていた。お父さん、と呼びかけた子どもの言葉に、胸が苦しくなった。高岡は父親と日本語で話していた。生まれも育ちも香港だが、高岡はむしょうに日本へ帰りたいと思い、すぐにパスポートを手配した。

 高岡は市村組組長の弘蔵に恩を感じ、日本国籍を選んだ。祖父も父親も敵対組織だったにも関わらず、弘蔵はあてのない高岡を受け入れてくれた。数年は市村組の中で生活し、その後、舎弟組織にあたる仁和会で仕事を任されるようになった。
 仁和会のトップだった小野とは相性が悪かったものの、高岡はそれほど理不尽だと思ったことはなかった。周囲は同情し、高岡へ味方することも多かったが、香港ヘイバンの中で経験してきたことと比べれば、一笑できた。
 日本は新しい場所なのに、前から知っている気がして、失ったものがある香港よりは暮らしやすいと感じた。それでも、高岡の喪失感は埋まらず、夜毎、異なる女の場所へ通った。香港にいた時から、寄ってくれば男でも相手をしていたが、それは日本でも同じだった。
 酒を飲んで相手を抱けば、自分が失ってしまった何かを考えずに済んだ。小野が面倒を起こしてから、高岡はそれまで以上に忙しくなったが、何かをしている間は、他の何かを考えずに済むと分かり、忙殺されることを望んだ。


66 番外編2

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