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 敦士はほんの少しためらい、その場で泣き始めた。
「あーくん」
 呼びかけると、右手側に回り込み、ベッドへ上がる。直広は二人を抱き締めて、それぞれの頭にキスを落とした。
「パパ、ほんとにもうげんきなの?」
 史人はまだ涙を流し、敦士は嗚咽を漏らしていた。
「大丈夫。プリンは食べた?」
「うん。パパのぶんもあるよ」
 ティッシュで二人の涙や鼻水を拭ってやる。
「……パパ」
 小さな声で呼んだ敦士に、直広は、「うん」と返事をする。敦士は力いっぱい直広の手を握った。
「いいこに、する。えほん、よんで」
 まだ幼いのに、敦士は涙をこらえようとした。彼はまだ助けを必要としている。直広は彼を片手で抱き締める。
「あーくんがいい子だって、パパは知ってるよ。もう少しだけ、ここにいないといけないから、明日は絵本を持っておいで」
 頷く敦士の頭をなでながら、史人へ笑いかける。史人も敦士の髪へ触れ、そっとなでていた。
「優さん、明日も申し訳ないんですが……」
 扉付近にいる優へ話しかける。彼はタオルを握って、泣いていた。
「親子愛っていいなぁ。俺も早く子ども、欲しい」
 直広は優の言葉に笑みを浮かべた。
「いつ、かえってくるの?」
「あやの運動会までには帰りたいけど、先生に聞いてみないと」
 腕の中で眠り始めた敦士の背中をなでる。史人は、「ぜったいきて」とせがんだ。

 運動会の三日前に退院した直広は、歩けると言ったのに、車椅子に乗せられた。そのままホテルで退院祝いの食事会へ参加する。直広の体調を考え、高岡はあまり乗り気ではなかった。
 だが、藤野から構成員全員に直広の顔を覚えてもらうことと、あの日、直広を守れなかった護衛達が謝罪したいと言っていると聞き、直広が行きたいと申し出た。
 玄関先で車椅子から立ち上がった直広は、壁に触れ、バランスを取りながら、奥へ進む。うしろには高岡がいた。左足首は固定されており、病院で松葉杖を使うか確認されたが、腕力が必要になるため、直広には不向きだった。
 リビングダイニングで待ち構えていた史人と敦士に、「ソファに座るまで待ってね」と言い、直広はリハビリで練習したように、ゆっくりと確実に歩く。ソファに座ってから、二人を抱き締め、眠る前には絵本を読んでやった。
「あの二人がライバルになるなんてな」
 直広が二人を寝かしつけて、リビングダイニングへ戻ると、高岡がソファへ仰向けになっていた。直広が近づくと起き上がり、手を差し伸べてくれる。
「ありがとう」
 手を取り、隣へ座った。もっと一緒に過ごしたい、とささやかれて、直広は高岡の体へ身を預ける。
「二人ともすぐ成長しちゃいますよ」
「そうだな」
 直広は高岡のシャツを握った。史人や敦士の気持ちがよく分かる。自分のためだけにある腕はとても心地がいい。この中では自分がいちばんに優先され、最も深い愛を受けていると思えた。
「よく頑張った」
 そう思わないか、と聞かれて、直広は目が熱くなった。今回のことだけではなく、今までの自分を肯定された気がした。
「おまえはいつも誰かのために生きてる。わがままになれって言っても、なってくれない。だから、史人と敦士が独立したら、残りの人生は俺にくれ。おまえには俺をやる」
 高岡はポケットの中からリングケースを取り出した。ふたを開けると、中にはプラチナリングが輝いている。直広は驚きよりも感動が勝り、うなるように泣いた。
「直広。自分の人生くらい、自分で取れ」
 直広はリングを指先で取り上げる。高岡は笑みを浮かべて、薬指へはめてくれた。他に言葉はなく、そっと抱き締められ、しばらくしてからベッドへ移動した。まだケガは完治しておらず、行為に及ぶことはなかったものの、彼は直広が眠るまでいたるところにキスをくれた。

 明け方に起きた直広は、リビングダイニングまで音を立てないように歩いた。ソファへ座り、白んでいく空を見つめる。指先でリングを確認した。
「新しいスタートをきったよ」
 空に向かって告げると、雲の隙間から明るい朱の光が見え始める。直広は小さな笑みを浮かべた。



【終】


65 番外編@(約五年後/高岡視点)

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