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 うっすら生えてきているヒゲがあっても、高岡はきれいだなと思った。直広は彼の開きかけては震えているくちびるを見つめる。瞳はにじんでいた。彼が泣くところを見たことはないが、すでに泣いていたと分かるほど、まぶたや目の下が赤くなっていた。
「……よかった」
 ぎゅっと手を握られて、直広もその手を握り返す。あまり力は入らなかったが、分かってくれるはずだ。
「本当に」
 よかった、と続いた言葉にはたくさんの感情が込められていた。直広は反対の手で酸素マスクを外す。
「あーと、あつ、し……はっ」
 高岡はすぐに酸素マスクを当てた。
「外すな。何で、おまえは、自分のことだけ考えられないんだ……優が家に来て、二人を見てくれてる。心配いらない。今は元気になることだけを考えろ。本当に、少しでいいから、自分本位になれ。人のために、自分の命まで捨てるな。あいつ、あの大橋って奴には子どもなんかいない」
 高岡の言葉に直広は安堵した。殺されるかもしれない子どもなんて最初からいなかった。ほんの少しだけ酸素マスクをずらす。
「よかっ、だれも、しな、なかっ」
「おまえって奴は。おまえが死んでたかもしれないんだ」
 高岡は溜息をつき、開きかけたくちびるを噛み締めた。くるりと背を向けた彼は、おそらく泣いているのだろう。
「俺のこと、責めろよ。何で守れなかったんだって、怒っていい。言葉も足りなかった。関わることを望んでないって言ったのは、組織に」
 背中を向けたまま話す高岡が愛しかった。今すぐに抱き締めたかったが、起き上がることができない。直広は押し殺してきた自分の思いをくちびるへ乗せた。
「ずっと、そばに、います」
 こちらを向いた高岡は、息をすることを忘れたような表情で、直広を凝視した。
「はなれ、ない。つぎ、はもう、こんな、ことおきな、い、ってわかる。あなたが、おれも、あーたちも、ぜんりょ、くで、まもってくれ、るから」
 直広は一度酸素マスクを戻した。それから、もう一度だけ、外す。
「しんじてます」
 高岡がひざをつき、直広の耳元へくちびるを寄せた。
「俺もだ。おまえのこと、愛してる」
 直広の涙を拭いながら、高岡は泣いていた。愛しさで胸がいっぱいになる。大事な人達のために、早く元気になろうと思った。
「疲れたか? ゆっくり休め」
 高岡の声を聞きながら、直広は目を閉じる。次に目が覚めた時は、集中治療室から出て、史人と敦士のことを腕に抱けたらいいな、と願った。

 担当医師は高岡と交友があり、集中治療室から出た後も何かと融通がきいた。手術になったのは、内臓破裂を起こしていたからだと説明を受けた。出血箇所は肝臓で、出血がひどかった部分だけを摘出して、残りは縫合したと聞かされた。
 頭部はワンボックスの急発進でできた血腫だけで、こちらはすぐに腫れも引いた。ひどい痛みがあった左足首はやはり骨折しており、全治二ヶ月と診断された。肛門の裂傷については細かい小さな傷が多かったため、縫合ではなく薬で様子見になった。
 大きな傷以外にも打撲傷や裂傷があり、個室へ移ってからも、退院までは一ヶ月かかると言われた。直広はベッドを調節して、上半身を起こす。そろそろ、優が史人と敦士を連れてきてくれる時間だ。
 個室へ移るまでは史人達が来ても会えないため、個室へ移動してから二人へ知らせて欲しいと高岡へ伝えていた。ノックの後、優の声が聞こえる。
「優さん、お久しぶりです」
 顔をのぞかせた優へ声をかけると、彼は軽く頭を下げた。体調や近況を聞いた後、彼が扉の向こうにいる史人達を呼ぶ。直広が発見されたのは、連れ去られてから三日後のことで、意識を取り戻したのは、手術から五日後だった。十日間ほど顔を見ていないだけなのに、史人と敦士を見た瞬間、一年くらい会っていない気がした。
「史人、敦士」
 直広が手を広げると、史人は、「パパ」と叫びながら駆けてきて、激しく泣いた。
「心配したよね。ごめんね。パパはもう元気だから」
 優のそばに立っている敦士へ視線を向け、直広はほほ笑む。
「敦士もおいで」


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