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 ビデオカメラのレンズから焦点が外れていく。男がすぐに直広の腕にスタンガンを当てた。口には舌を噛まないようにボールギャグをはめられており、直広はただうめくことしかできない。彼らの目的は高岡への復讐だった。
 廃屋に連れ込まれ、暴行を受けた直広は、昨日からここに吊るされている。ケガと疲労から直広は何度も気を失いかけていたが、男が交代でスタンガンを当ててくるため、眠ることも気を失うこともできない。スタンガンの電圧じたいはそれほど強くはないものの、一度食らえば、その衝撃からしばらく立ち直れず、直広は体を揺らした。
 楼黎会と藤原組にいたという三人は、仁和会へ直広を暴行した際のビデオを送りつけていた。すべて失い、もう何も恐れていないと言った男達は、最後に直広を痛めつけることで、少しでも高岡を傷つけたいと考えているようだった。
 覚悟している三人の瞳を見て、市村の言っていた覚悟というのは、このことだと知った。高岡のそばにいる以上、仁和会や市村組絡みでの怨恨は、たとえ直広に直接関わりがなくても、報復の標的として狙われる可能性は高い。
 廃屋の中は暗かったが、直広の視界はさらに暗くなっていた。ボールギャグの間から水を注がれる程度で、丸三日間ほど何も食べていない。暴行は身体的なものだけだったものの、左足は動かすたびに強烈な痛みを感じた。
 直広は裸だった。足の間から続いていた出血は、すでに止まっている。男達は同性を犯す趣味はないと言い、代わりに卑猥な性具を使い、直広のアナルを痛めつけた。楼黎会での一ヶ月を思い出させるのに十分な暴行を受け、直広は子どものように泣いていた。
 高岡へ恨み言の一つでも言ってやれ、と命令され、ボールギャグが外される。
「……あー、とあーく、んのこと、おねがっ、いし、いっうぐ」
 頬を殴られて、直広の体が揺れた。すでに仁和会へ届けられているビデオの中でも、直広は同じことしか言っていない。自分に何かあれば、史人と敦士のことが心配だった。だが、高岡の力があれば、二人を幸せにできるだろう。
 二人はプリンをもらえたのかな、と思った瞬間、口の中にあふれた血が吹き出す。せき込んでも、苦しさは変わらない。目の前が真っ暗だった。死を意識した。高岡へ気持ちを伝えておけばよかった。だが、伝えないほうが正解だった。もし、伝えていたら、彼を縛ってしまう。自分は正しいことをしたと思うと、自然と笑みがこぼれた。
 
 死の瞬間はうるさかった。怒鳴る声や叫ぶ声が聞こえ、しばらくすると、驚くほど静かになった。無数の手が、立ちどまる直広の手を握っていく。そのたびに強い力で引っ張られた。
 何度か目を覚ましたり、また眠ったり、と繰り返すうちに、直広は自分が目を開けていないことに気づいた。電子音だけが聞こえてくる。直広は重いまぶたを開けようと努力した。指先が震え、電子音が異なる音を出す。
 光の中で最初に見つけたのは、二重扉の向こうに立つ高岡だった。端整な顔は疲労でやつれ、苦悶の表情でこちらを見つめている。だが、直広と視線が合った瞬間、彼は中へ入ってこようとした。看護師に阻まれ、何かを叫んでいる。
 別の看護師が中へ入ってきて、異なる音を発していた電子音を切った。彼女は直広に話しかけながら、脈に触れ、瞳をのぞき込んでくる。
「すぐ先生が来ますからね」
 直広は右手を口元まで上げた。酸素マスクを取ろうとすると、看護師がとめる。直広はそれでも少しだけすらした。
「っ、た、たか、あ、いた、い」
 うまく声が出ず、直広はもどかしくなる。看護師は外にいる高岡へ視線をやり、「ご家族以外は面会できません」と告げた。担当医師が入ってくる前に、高岡の肩へ手を置き、何か話す。彼はその後、笑みを浮かべて直広のほうへ近寄った。
「深田さん、おはようございます。気分はどうですか?」
 直広が頷くと、彼も頷き返す。
「もう少しここで様子を見てから、個室へ移りましょう。ご家族は息子さんだけとうかがいましたが、小学生以下の方も原則、ここへは入れません。史人君と敦士君でしたよね? 二人とも聞き分けのいい子で、毎日向こうから、あなたが目覚めるのを待ってましたよ」
 医師の言葉に直広は涙をこぼした。その涙を見て、彼は看護師へ何かを取ってくるように言い、入れ違いで高岡を中へ入れる。
「五分だけだ」
「分かってる」
 高岡は直広の手を握り、目尻から流れていく涙を拭ってくれた。


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