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 敦士は史人と異なり、手のかかる子どもだった。表情が少なく、感情は不安定で、泣き始めると永遠に泣いている。トイレトレーニングも済んでおらず、おむつだけはかせるとそのまま終わったと思い、服を着ないまま過ごそうとした。
 初日の夜に体を確認し、母親から受けていた虐待の傷痕を手当てした。傷痕へ触れても泣かないが、何かの拍子に泣き始めると、泣き疲れて眠るまで泣いている敦士だが、史人があやすと泣きやんだ。
 史人は敦士のことを、「あーくん」と呼び、幼稚園から帰ってくると、スイミング教室に行く日以外はずっと一緒に遊んでいた。史人の幼稚園では習い事をしている子どもが多く、史人のように習い事が一つだけの子は珍しい。
 幼稚園の後、皆、習い事へ行くため、近くの公園へ行っても、友達がいなかった史人にとって、敦士は弟であり友達でもあった。直広は史人に、「お兄ちゃんなんだから」という類の言葉を決して使わなかった。それでも、史人には年長である自覚があり、直広の目が届かない時には、敦士の面倒を見てくれている。
 直広は史人も敦士も平等に愛した。二人を両腕に抱え、ソファでうたた寝している時、幸せ過ぎて怖くなった。高岡は敦士を預かってから、ほぼ毎日こちらへ戻ってくる。
 この間、藤野が来た時にこっそり確認したことがある。高岡は年明けからすべての愛人関係を解消していた。自分だけなのか、とどうしても言葉にできなかった直広に、藤野は、「今はある人一筋みたいですね」と苦笑していた。
 ある人というのは、「一弥さん」ではないかと疑っていたものの、高岡は明らかに生活拠点を直広達のいる場所へ移し始めている。さらに、敦士が来年の四月から幼稚園へ上がる前に、洋部屋の改装をする、と話す高岡を見て、直広は頬が緩むのをとめられなかった。

 八月は夏休みがある。直広は朝から史人と敦士を連れて、買い物へ来ていた。車は護衛の二人が出してくれたため、史人達の衣類や食料品を見て回る。敦士は最近になり、おむつが外れ、それと同時に欲求を言葉にしてくれるようになった。直広はまだほほ笑まれたりすることはないものの、史人と二人で遊んでいる時には笑い声が聞こえてくる。
 史人と手をつないでゆっくり歩く敦士を見て、直広は健史と重ねた。今は小さいが、いずれ史人を追い越すかもしれない。ショッピングカートを押して進んでいた直広は、「ほんやさんにいく?」と言った史人へ頷いた。
 絵本のコーナーには子どもが手に取りやすいように、見本が置かれている。史人は一冊ずつ手にして、敦士にも見せてやった。
「あ、パパ、これよんで!」
 直広は渡された一冊をカゴへ入れる。幼稚園では年長組からひらがなとカタカナの練習がある。史人は少しずつ絵本を読めるようになっているが、夜眠る前だけは、直広か高岡に読んでとせがんだ。
「あーくんは? どれがいい?」
 敦士は直広から視線をそらし、史人の手を握る。史人が、「パパによんでっていうんだよ」と言えば、敦士は見本の絵本をつかみ、「これ」と小さな声を出した。
「これ、パパ、これ」
 史人が直広をパパと呼ぶため、敦士も直広のことをそう呼んだ。最初は柏木に申し訳ないと思い訂正したが、敦士はいつも直広のことをパパと呼び、高岡が、「無理に覚え込ませなくていいだろ。大人になったら自分で選ぶことだ」と言ったため、直広はそのままにしている。
「これだね。じゃあ、お金、払いにいこう」
 直広は史人と敦士の頭をなでて、レジへ向かう。護衛が二人になったのは、この地方周辺が市村組系の構成組織だけになったからだと聞いた。楼黎会の後、藤原組を潰し、今は安定期に入ったらしい。ずっと平和というわけにもいかないだろうが、最近は高岡の帰りも早く、直広は安心していた。
「深田?」
 声をかけられて振り返ると、「久しぶりだな」と男が笑みをこぼす。直広は誰か分からなかったものの、おそらく高校の時の同級生だった。先に行こうとしていた史人と敦士を呼びとめ、彼らのそばへ寄る。
「えー、もう二人もいるのかよ」
 男は驚いた様子で、史人と敦士を見比べた。スーツとまではいかないが、きちんとした服を着た男達が近寄ってくる。彼らは基本的には話かけてこない。こちらの様子をうかがっていた。
「うん、そうなんだ……ごめん、名前、思い出せない」


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