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 高岡は直広のくちびるを奪い、息ができなくなるほど口内を犯した。壁に押さえつけられている右手の甲が痛い。だが、与えられる快感を手放すのは嫌だった。彼はマスターベッドルームからローションとコンドームを持ってくる。
 直広はひざの上で留まっているパンツを下ろし、床へ手をついた。高岡の手が臀部をそっとなでていく。アナルへ彼の指を受け入れてから、史人が眠っている部屋の扉を開けたままだと気づいた。
 声を我慢するように口を手で押さえると、高岡は直広を仰向けにした。口をふさいでいた手を床へ縫いつけるように押さえ込まれ、代わりに彼のくちびるで口をふさがれる。アナルはすでに彼の指を飲み込んでいた。いつもより若干、性急だったが、彼のペニスが目的の場所へあてがわれる。
「っう、ぁ、あ……あ」
 くちびるの間から声が漏れた。高岡は軽いキスを繰り返しながら、奥へと腰を動かしてくる。行為の間、直広はいつも彼の瞳を見つめた。激しさとはかけ離れた穏やかな優しさが見える。
「ん、あ……っい、いく」
 最初の頃はペニスも触ってもらわないといけなかった。今は前立腺だけの刺激で熱が弾ける。高岡は直広が絶頂に達した後も、激しく動き、小さくうめいた。少し乱れた髪へ触れ、そっと身を引き、キスをくれる。
 彼はすぐに立ち上がると、コンドームを捨て、服装の乱れを直した。それから、直広の腹の上やペニスをタオルで拭き、ソファへ運んでくれる。
「今日はこっちへ戻る。夕食は持ってくるから、準備しなくていい」
 高岡は言いながら、床の上に落ちていた衣服をソファの端へ置き、ブランケットを直広の体へ被せた。何か言いかけて動いたくちびるは、笑みに変わり、彼は直広の額とくちびるへキスを与えた。
 直広は玄関へ向かう彼の背中を見つめる。呼びとめたいと思ったが、実行しなかった。彼が出ていってから、「高岡さん」と呼んでみる。
「……俺だけのものになって」
 口にしてから、直広は笑う。上腕を額に当てて、目を閉じた。ずっと押し込めていた思いがあふれる。今まで支えてくれる人も、頼れる人もいなかった。こんなふうに甘やかされたら、封じ込めておくことができなくなる。
 直広は起き上がり、服を着た。史人の様子を確認してから、鏡の前に立つ。少しシャツをめくり、高岡の噛んだ痕を見つめた。体に残る傷痕と同じように見えるが、持っている意味は異なる。

 しばらくの間、直広はベッドへ座り、呼吸の荒い史人の髪や背中をなでた。調子が悪いと言わなかったのは、高岡の言った通り、幼稚園を休みたくなかったからだろう。成長するにつれ、史人は家にいるより、友達と過ごすほうを選んでいくに違いない。
 健史が生まれてからは、彼の面倒を見ていたが、直広自身、小さい頃はよく外で遊んでいた。母親が働いている間は保育所に通い、仲のいい友達もいた。だが、月一度の弁当持参が嫌で、行きたくないと母親を困らせた。
 史人の通う幼稚園にも、弁当持参の日がある。直広はカレンダーに印をつけていた。母親には絶対に言えなかったが、皆の母親は手間をかけたと分かる可愛い弁当を持たせていた。弁当箱やそれを入れる袋から違った。
 自分の弁当は中身も箱も貧相で、誰にも見られたくなかった。誰もからかいはしなかったものの、直広は二回目からは一人で先に食べた。担任に怒られても、空腹だったから、と言って、せっかく母親が作ってくれた弁当を味わいもせずに食べていた。
 直広は史人から離れ、キッチンへ向かう。キッチンボードの前でしゃがみ、先日、史人とともに選んだ弁当箱を手にした。全部で三つもある。本当は一つで十分だった。だが、三つのうち、どれか一つと言ったら、史人は悩んでいた。その姿を見ていられず、衝動的に三つとも購入してしまった。
 弁当持参日の前日に、その時の気分でどれを使うか決められるなんて、直広にとってはとてもぜい沢で素敵なことだった。史人も同様に思うらしく、直広がカレンダーにつけた印を見ては、「あとなんかい、ねるの?」と聞いてきた。
 直広は思い出し笑いをしながら、弁当箱を順番にしまい、史人におかゆを作るため、キッチンへ立った。


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