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 マンションから近い公園前で、直広は史人とともに幼稚園バスが到着するのを待っていた。一日目は大泣きして、バスに乗ることを拒否した史人だが、幼稚園から戻ってくると、翌日が待ち遠しいと言わんばかりに幼稚園でのことを話してくれた。
 入園の手続きはすべて藤野が済ませた。直広は最近になって、パソコンを触り始め、史人の通う幼稚園の情報を確認した。入園金だけで十万、制服代と合わせると、直広の一ヶ月分の給料は軽く飛んでいく。
 バスを見送った後、直広は史人が帰ってくる十四時半頃まで一人になる。以前は藤野と城がついていたが、春になってからは来なくなった。藤野は、行き先を告げなくても、直広達が外へ出れば、少なくとも二人の人間がついてくると言っていた。直広は周囲を見たが、どこにいるのかさっぱり分からない。
 新崎とつながりのある藤原組や警察のことは、何も聞かなかった。脅威が消えても、ここにいられるのは、直広が高岡の愛人という立場だからだ。藤野達はそのことについて何も言わなかったが、理解はしているようだった。

 直広はエントランスで管理人の岩井夫妻へあいさつをして、部屋へと戻る。週一回のハウスクリーニングをやめてもらい、今は直広が毎日掃除していた。昼頃にはあの高級スーパーで買い物をする。
 夕食はいつも三人分、作っている。高岡は土曜だけではなく、週に三日以上はこちらへ来ていた。いつ来るのか分からないため、毎日三人分を用意して、来なければ、あまったものが翌日の直広の昼食になる。
 少しずつ増えてきた高岡の私物を片づけ、直広は彼のシャツにアイロンをかける。高岡は予定のない日を使い、水族館や遊園地へ連れていってくれる。彼が史人を気にかけてくれることがとても嬉しい。
 この生活も半年ほどが経とうとしている。慣れとは恐ろしいもので、直広はスーパーで高級食品を選ぶことにためらいを感じなくなった。史人はもちろん高岡にも安全でおいしいものを食べて欲しいと考えている。
 衣服についても同じだった。高岡とともに購入することが多いものの、史人と二人で出かけた時でも、彼の隣に立てる、見合った衣服を選ぶようになった。
 アイロンがけを終えた直広は、ソファに座り、目を閉じる。高岡が訪れる夜以外は、いまだに眠ることができず、吐き気もあった。
 うとうとしていると、電子音が聞こえる。直広は携帯電話を手にした。
 電話は幼稚園からだった。史人が熱を出しているらしい。バスの送迎があるものの、幼稚園じたいは歩いて二十分ほどのところにある。すでに初夏の陽気となっている外を歩くと、すぐに汗ばんだ。
「パパ!」
 史人は元気そうだが、表情は辛そうに見える。直広は彼を抱え、額へ手を当てた。
「しんどい?」
「あー、もっと、あそびたい」
 担任の先生から話を聞き、直広は史人を抱いたまま、彼の鞄を受け取った。帰ろうとすると、史人は泣き叫ぶ。
「もっとあそぶ。みんなといっしょがいい」
 史人は直広の腕から離れようと、力いっぱい暴れた。
「史人、熱が下がるまではダメだよ。遊びたいのは分かるけど、まずはお医者さんのところへ行って、元気にならなきゃ」
「いや!」
 直広は史人をなだめながら、一度マンションへ戻った。だんだん熱が上がってきたのか、史人はソファでふてくされている。携帯電話を使い、小児科のあるいちばん近い病院を探した。保険証と財布を持って、出かける準備をする。
「パパ、のどかわいた」
 直広は冷蔵庫から子ども用のリンゴジュースを取り出し、史人へ飲ませる。史人はあまり体調を崩すこともない元気な子だった。苦しそうに呼吸する彼を見て、直広は風邪ではなく何かの病気ではないかと心配になる。
 史人が飲み終わるのを待って、直広は彼を抱えた。


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