on your mark52 /i | ナノ


on your mark52/i

 高岡は毎週土曜の夜に来た。夕方頃、訪れて、史人も連れて食事へ行くこともあれば、深夜の時間帯に来て、日曜の昼頃に帰っていくこともあった。クリスマスから年明けまでは忙しく、藤野達も年明けから十日ほどは顔を見せなかった。
 史人は週三日のスイミング教室を楽しみにしている。年末年始の間は直広が付き添い、温水プールで遊ばせた。今までは誕生日しか祝ってこなかったため、史人はサンタクロースから何が欲しいかと聞かれて困惑していた。直広が高岡へ説明すると、彼は史人へサンタクロースの通り道に住んでいるから、史人へもプレゼントを置いていってくれるはずだと話した。
「さんたは、あかちゃん、くれる?」
 史人に尋ねられた高岡は、彼をひざへ乗せた。
「赤ちゃんが欲しいのか?」
 高岡は笑いながら、「赤ちゃんは難しいな」とこたえていた。直広は二人の会話を聞いて、テレビの影響だと感じた。そのうち、母親のことも聞くだろうと思うと、暗い気持ちになった。

 クリスマスにもらったプレゼントのおもちゃで遊んでいた史人は、眠そうに体を横たえた。高岡だけではなく、宮田や優もプレゼントを贈ってくれた。お年玉ももらい、直広が後で丁重に返したところ、藤野から渡された通帳とともに戻ってきた。
 一ヶ月ほどで片づくと言われ、一月中にはここを出なければならないと思っていた。暦はもう二月に変わっているが、出ていけと言われる気配はない。
 先週、藤野から史人が通う幼稚園について相談を受けた。本来の願書提出は秋頃には終わるようで、面接なども年内の間に済ませるらしい。キャンセル待ちで出せるところへ、出してみようという話になり、直広は指示されるまま署名した。
 直広は今、高岡に囲われている。その関係を清算されても、私立の幼稚園に入れたら、ひとまず史人が卒園するまでの間は、今の状態を保てるのではないかという打算があった。
 直広は史人を起こし、歯磨きをさせた。ベッドへ寝転んだ彼は、絵本を読んでとせがんでくる。
「何にする?」
 三十冊以上の絵本が本棚に並んでいた。史人はいつも二冊選ぶ。そのうちの一冊は王子が出てくるあの絵本だった。二冊、読み終わる頃には穏やかで規則正しい寝息が聞こえる。直広は史人の額をなでて、照明を落とした。
 ソファへ座り、ローテーブルに用意していたウィスキーを一口だけ飲む。おいしいと思ったことはない。ただ眠るために必要なものだった。高岡とのセックスの後は、疲れきって眠ってしまえるが、彼の来ない夜は酔って眠るしかなかった。それでも、悪夢に目が覚めて、嘔吐しなければならない夜もある。
 直広は史人が二階のプールへ行っている間、ソファでうとうとしている。覇気のない直広を見て、藤野はプールと同じ階にあるフィットネススタジオや近隣にあるカルチャーセンターでの習い事をすすめてきた。
 パンフレットに並ぶ様々な習い事を見るたび、直広は胸が苦しくなる。そこにあるのは余暇を楽しむ人達のための趣味だ。直広にはそのどれも楽しめそうにない。何かする時、まず史人のためになるかどうかを考えてしまう。
 自分は面白味のない人間だと思った。直広はウィスキーを飲み干し、史人の眠るベッドへ横になる。史人以上に高岡が来る週末を待ちわびている。彼に見つめられ、抱かれている時、直広は満たされたいという自分の欲求だけを考えられる。
 彼の抱き方は激しい。直広は自分の体が粉々になるのを感じる。だが、彼はその中から必要なものだけを集めて、また直広を再生してくれている気がする。
 たとえ過去の行為や記憶は消えるわけではないものの、体の端から端まで愛される感覚は、赤ん坊の時以来ではないかと思うほどだ。もっとも、赤ん坊の時の記憶はなく、直広はだからこそ、人は愛されることを望んでいるんだと考えた。
 自分自身の壮大な考えに苦笑しながら、直広は一度、眠りについた。だが、二時間ほど経過した時、ベッドから飛び起きる。夢の中で、直広は縛られ、低周波装置をつけられていた。いつものようにトイレまで走り、嘔吐する。
 バスルームへ移動して、口をゆすぎ、顔を洗った。タオルで水気を拭っても、涙が止まらない。直広はタオルを持ったまま、部屋へ戻ろうとした。
「いつから吐いてる?」
 先ほどは気づかなかったが、リビングダイニングの間接照明がついていた。高岡はソファに座り、直広が片づけたはずのウィスキーを飲んでいる。


51 53

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -