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 昼食を終え、史人が昼寝をする間、直広は高岡と二人きりの空間に息が詰まり、史人の隣へ添い寝した。扉は開けたままにしていたため、時おり、高岡がキーボードを叩く音が聞こえてくる。最初はテレビだと思っていたが、夢うつつになりながら、高岡が電話している声だと気づいた。
 十六時頃、ノックの音で目が覚め、直広は史人の服を着替えさせた。史人は寝起きでもぼんやりすることなく、高岡の足にまとわりついて遊んでいる。外食なんてさせたことがない。
「父さんと母さんと一緒に、ごはんとか食べに行きたかったな……」
「馬鹿じゃねぇの? どうせ繰り返すだけだ。そいつもいつか、なおに言うぜ? こんな貧乏な家は嫌だ、本当のお父さんとお母さんと一緒に、ファミレス行きたい、何でうちは普通じゃないの? ってさ」
 健史の言葉が再生され、直広ははしゃいでいる史人を見つめる。高岡は幼い史人でも食べやすいように、とイタリアンレストランにしたと言っていた。史人のことを考えてくれる人は、どんな人間であってもいい人だと思える。
 額へキスされた時に感じた胸の締めつけを無視して、直広は拳を握る。藤野の言っていた、「今の状況を利用する」という言葉を反すうした。高岡に気に入られたら、ここにいられるかもしれない。働かなくて済むというより、史人が喜んでいるという事実が、直広の思いを歪ませた。

 ラグジュアルなレストラン内は席が埋まっているものの、絶妙な配置で窮屈さを感じない。直広達の食事はフルコースで、史人にはキッズ向けのコースが用意されていた。ピザも小さな子どもが食べやすいようにカットされた状態で出てくる。
 高岡はコースに合わせてワインを注文していた。直広にすれば非日常的空間で、いつもなら食べられない高級な料理を食べていると思うだけで緊張するが、ワインの力もあり、しだいにリラックスすることができた。
「パパ、これ、すごくおいしい」
 デザートで出てきたチョコレートムースを一口食べた史人は、瞳を輝かせて、もう一口頬張る。直広は史人へほほ笑んだ。高岡が手を伸ばして、史人の頭をなでる。高岡の視線と交わり、慌ててそらす。彼は昼間のキスをまったく意識していなかった。きっとああいうことに慣れているんだと思った。からかいの延長だと考え、直広も意識しないよう努力した。
 食事の後はマンションの近くにあるスーパーで買い物をした。二十四時閉店のスーパーは近所で便利だが、直広はあまり利用したくなかった。緑沢周辺の住人が利用するだけあり、高級な商品の取り扱いが多く、必要なものだけをカゴへ入れても、レジで目を見張るほどの金額になるからだ。
 藤野に買い物へ行く、と言えば、たいていここへ連れてこられる。高すぎると言っても、意に介さない彼と同じく、高岡もワインやウィスキーのボトルとおつまみをカゴの中へどんどん入れていた。
 直広は腕の中で眠っている史人の背中をなでながら、レジで会計を済ませる高岡を一瞬だけ見つめる。外で待機していた藤野が、スーパーの袋を持ちにきた。
「史人君、寝ちゃったんですね」
 口を半開きにして眠る史人は幸せそうだ。思わずこちらも笑みを浮かべてしまう。部屋まで荷物を運んだ藤野は、「おやすみなさい」と直広にあいさつをして、高岡へは頭を下げて出ていった。
 ベッドへ史人を寝かせて、服を着替えさせる。直広もジャケットを脱いだ。今夜の礼を言うためにリビングダイニングへ出ると、高岡はソファに座り、ワインボトルを開けようとしていた。ローテーブルにはワイングラスが二つ並んでいる。どう考えても自分の分だった。
 直広は赤ワインを注ぐ高岡を待ち、礼を言った。彼はワイングラスを持つように促し、直広が手にすると、グラス同士を合わせる。彼は香りを楽しんでから、一口飲んだ。直広もまねをして飲む。アルコールに強いわけではなく、すでに酔っているという自覚はあった。
 キッチンの照明だけがついていて、リビングダイニングは薄暗い。左の頬に伸びてきた手は熱かった。こういう状況に慣れていない直広であっても、この後の展開は想像できる。ためらう必要も怖がる必要もなかった。
 史人を守るために過ごした一ヶ月と同じことだ。ただ、高岡はそれほどひどいことはしないだろう。ソファに押し倒された直広は、深いくちづけを受けながら、楼黎会での記憶にふたをする。


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