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 直広はソファに座り、ぼんやりとテレビを見ていた。朝食を終え、城に連れられてプールへ行った史人は、昼頃まで帰ってこない。直広は藤野に説得され、しぶしぶ座っていた。
 掃除をしようにも、毎週水曜にハウスクリーニングが来ると言われて、洗濯機を回す以外にすることがなかった。高岡は夕方に寄ると知らされ、せめて夕飯の用意をしようと思い、買い物へ出たいと言ったが、「夜は店を予約しています」と一蹴されてしまった。
「趣味はないですか?」
 紅茶をいれた藤野が、ローテーブルにお菓子とともに置いてくれる。
「藤野さん、自分でしますから、こんなことしないでください」
 藤野は自分も飲むから、ついでだと笑い、クッキーを一枚かじった。
「本当に真面目ですね」
 直広は立ち上がり、窓の外を見つめた。十二月の空は曇りの日が続いている。空に行った健史のことを考えた。悲しいことも苦しいことも、仕事に没頭すれば忘れられた。働いている時はゆっくり休みたい、自分だけの時間が欲しい、と切望していたのに、今は心に穴が開いている。
「……自分の時間が欲しいと思ったこともあるのに、今は、何をしたらいいのか分からなくて」
「戸惑うのは当たり前です」
 藤野は少し声を落とした。
「弟さんのこともありましたし、いきなり生活が変わって、まだ慣れないでしょうけど、あ、すみません」
 携帯電話が鳴り、藤野は廊下のほうへ出ていく。直広はもう一度、空を見上げた。健史のことだけではない。楼黎会での一ヶ月は直広のことを追い詰めている。汚れのない窓ガラスの向こうに、四つ這いになった自分が見えた。思わず声を上げそうになる。
「深田さん」
 廊下から戻ってきた藤野が笑みを見せた。
「高岡がこちらへ来るそうです」
 直広は頷き、ソファへ戻る。没頭できるものが欲しい。何か夢中になるものがあれば、すべて忘れていられる。直広はすでに冷めている紅茶を一口飲んだ。

 史人はまだプールにいた。高岡はコートとジャケットを脱ぎ、ソファへ座る。
「藤野、予約は六時半だ」
「分かりました。では、六時に」
 藤野と城は基本的にこの部屋にいるが、待機する場合は近くにある別の部屋へ戻る。藤野の話では、外にも何人か仁和会の人間がいるらしい。自分達を守るためだと聞かされたものの、直広が彼らの気配に気づいたことはなかった。
「何か飲みますか?」
 直広が尋ねると、高岡は首を横に振る。ソファの背もたれへ体をあずけ、彼は天井を見上げた。やはり疲れているのだと思い、キッチンボードからチョコレート菓子を取り出す。
「不便はないか?」
 高岡は姿勢を戻し、直広がローテーブルへ置いたチョコレート菓子へ手を伸ばす。直広もソファに座った。
「はい。ただ……こんなによくしてもらう理由が分かりません」
 正直に言うと、高岡は笑った。
「やくざが親切だとおかしいか?」
「俺には、ここは、分不相応だと思います」
 高岡は突然、立ち上がり、直広の隣へ詰めた。
「なら、下心があると言ったら?」
 耳を疑った。高岡の端整な顔に意地の悪い笑みを浮かべている。
「冗談はやめてください」
 彼は直広の髪へ触れた後、またチョコレート菓子を食べた。甘い香りを漂わせる彼を見ると、こちらを見つめ返す瞳と重なる。駆け引きが得意ではない直広は、すぐに視線をそらした。
「赤いな。まだ熱があるのか?」
 大きな手が額へ伸びてくる。
「それとも、意識してる?」
 額から移動した手は、直広の指へ絡んだ。本当に熱があるのではないかと思うほど、体が熱くなる。


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